友達と校内を歩いていて、ばったりと小西先輩とあって声をかけられた。
学年が違うため、めったに顔を合わせることの無い人を見て正直驚いた。
「移動教室?」
あの人に聞かれ、家庭科の調理実習だと答えた。
「俊介の、エプロン……。」
ぼそりとあの人が言う。
何を気にしているのだろう。思わず冷めた目で見つめてしまった。
「写真撮っときましょうか?」
「ん、家で料理してる時に着てるから大丈夫。」
まるで、友人同士の様に話すクラスメイトとあの人に、コミュニケーション能力の高さを感じる。
そんな事を思っていると、クラスメイトが笑って言った。
「だって、亘理料理下手だろ?もしかして会計様のために練習したのか?」
元々大して上手くもないが別に極端に下手でもないと思う。
「俊介の料理は美味しいよ?」
あの人が言う。いや、別に特別に美味しい訳では無い。
「いや、ほら前良く手怪我してただろ。
聞いたら料理で失敗したって言ってたじゃんか。
小指怪我するなんて器用だなって思ったんだけど。」
あれ?俺の勘違いだったかとクラスメイトは続けた。
しまったと思ってあの人の顔を見ると目を細め、それから「ふーん。」と言った。
「前のことは俺知らないから。」
先程より少しだけ固くなった言葉に、気が付かれてしまったことを悟る。
言い訳をしたかったが、もう時間が無くそのまま調理室へ向かった。
***
連絡はできなかった。
ごめんなさいとメッセージを送るのもなにか違う気がした。
本来は逆なのだ。あの時、糸の繋がる先に気が付いて躍起になって取ろうとしていたころの俺の方がきっと正しい。
小西先輩が五十嵐君に出合って、できた傷は以前、俺の左手の小指にもあったものだ。
だから、あの時小西先輩に糸が見えていると気が付いた。
逆に、あの人も気が付いているだろう。
いつも通り、あの人の部屋で帰りを待つが、怖くてたまらなかった。
好きになってごめんなさいって言えれば、きっと楽なんだろうと思う。
程なくして、あの人が帰ってきた。
思わず立ち上がると「ただいまぁ」と声をかけられる。
「お帰りなさい。」
声が嫌な感じに上ずった。
あの人は手にケーキ用の箱を持っていた。
それをローテーブルにおいてそれから二人でソファーに並んで座った。
「俺とつながってるのは嫌だった?」
静かにあの人は聞いた。
「最初は……。」
言葉に詰まった。
「あー、別にいじめたい訳じゃないから。」
事実糸は今でも繋がってるだろ?とあの人は笑った。
「正直、糸を取ってしまおうと思った俊介にはムカついたけど、まあそれはお互い様だし。」
今は傷一つなくきれいな指を掲げてあの人は言う。
「今、こうして繋がってることが俺には大切だから。」
だから、お前も気にするな。
あの人はすがすがしい位綺麗な顔で笑った。
「どうせ考えすぎてたんだろ?甘いもの買ってきたから食後にだべよう。」
この話は終わりとばかりに、あの人はパンと一回手を叩くと立ち上がった。
「取ろうと思っても取れない運命で繋がってるから大丈夫だよ。」
そう最後に付け加えて、あの人は微笑んだ。
了