会計は決算のある年度末は忙しいらしい。
来年用の予算の作成もあると疲れ切った顔であの人は言っていた。
バレンタインの翌日、「これからちょっと忙しくなるから、夕飯は別々にしよう。」と言われた。
生徒会室に缶詰になるから、そっちで食べると申し訳なさそうに言った小西先輩に大丈夫ですよと返した。
実際、あの人は本当に忙しそうで、帰ってくるのは日付が変わる寸前なんてことはざらだったし、朝も6時前には登校していた。
最初の数日は、一緒に寝るだけでもという気持ちであの人の部屋に言っていたが、今は週に一、二度にしている。
部屋には寝に帰ってきているような状態なのだ。
俺がいることで、気を使ってしまうのは嫌だった。
どうせ疲れているのなら、一人でゆっくりと寝かせてあげたかった。
俺に構うことで煩わせたくなかったのだ。
丁度期末試験もあったし、勉強のことと日々の生活の事だけ考えていればよかったので、今日が何日かも分からなくなっていた。
メッセージアプリに【一緒に夕ご飯食べよう】と入っていた。
だから【分かりました】と返した。
それだけだった。
普通に授業がある日だったし、まだ今日は寒かった。
だから今日が何の日かなんて、考えもしなかった。
あの人の部屋に行くと、食卓には手作りであろう料理が並んでいた。
「言ってくれたら手伝うのに。」
俺がそういうと、あの人は笑った。
一時期より血色もいいし元気そうで良かった。そう思っていると、やっぱりという風にあの人は言った。
「今日何の日か忘れてるだろ?」
何かの日だったろうか。
「ホワイトデーだよ。」
溜息と呼ぶにはいささか軽い吐息をもらした後、あの人は言った。
それを言われてはじめて気が付いた。完全に忘れてた。
「済みません。俺、何も……。」
バレンタインにチョコレートを貰ったのにお返しを何も用意していない。
「いいよ、そんな事。」
それより、そう言ってあの人は俺を抱きしめた。
久しぶりの包容だった。
「あー、癒される。」
あの人はそう言いながら、俺の頭に頬摺りをした。
「最近全然会えないし、来てくれないし。」
ポツリと言われ思わずあの人のことを見上げた。
「俺が忙しかった所為なのは分かってるよ。
だけど、疲れてるときこそ会いたいし、俊介を補給させてよ。」
抱きしめる腕の力が強まった。
頭をガツンと殴られた様な気分になった。
「だって、俺がいると気が休まらないでしょう。」
小西先輩が息を吐いた。今度は完全に溜息だった。
「誤解されてるな、とは思ってたし、誤解を解いている時間が無かった俺も悪いけど。」
ぐしゃぐしゃとあの人は俺の髪の毛をかき混ぜた。
「俊介がいて嫌だと思ったことは無いよ。」
だから、もう少し一緒にいて欲しい。
忙しいのも一番の部分は過ぎたからこれからはもう少し早く帰ってこれるし。
そう言ってあの人は、笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい。」
一緒にいて欲しいと思ってたことに気が付かなくて。
それから、勝手に一歩引いてしまって。
寂しくさせてしまって。
色々な気持を込めた謝罪を聞くと、小西先輩は「俊介は本当にかわいいな」と言って、キスをした。
「本当は、ご飯食べた後渡そうと思ったんだけど……。」
抱きしめた腕を話すとポケットから、小箱を取り出した。
ホワイトデーのお返しだよと言われたその箱を開けると銀色の細い指輪が入っていた。
けれど少しサイズが小さい気がする。
「女性ものですか?」
「まさか。」
あの人は俺の手を取ると小指に、あの人の手に繋がる糸が巻かれている指にその指輪をはめた。
「ピンキーリングなんだよ。」
糸と並んだ指輪を見つめているとそう説明された。
まるで、この糸の繋がりを大切にしてくれてることを伝える様に指輪は鈍く光っている。
指輪と糸をそっと撫でた。
糸に温度は無いけれど、自分の体温で少し温まった指輪とを撫でると、幸せがこみ上げてきた。
指輪を貰ったのは勿論嬉しかったのだけど、それよりも糸で繋がったこの関係を補強しているような感じが嬉しかった。
「ありがとうございます。
大切にします。」
もう一度そっと撫でた。
「あの、俺からも指輪を贈ってもいいですか?」
「勿論。」
してくれるという事だろうか。俺と同じように糸が伸びる指に。
「さてと、ご飯覚めちゃうから食べようか。」
向かい合って座る食卓が幸せで涙が滲んだ。
了