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家に連絡をして、許可を取った。
基本的にある程度ほぐすくらいなら、俺にもできなくもないけれど、粘着テープの様に他の糸をべとべとと誘引するのに関しては今の俺の力ではどうしようもない。
彼が、俺の話を信じてくれたとしても、暫く週末は実家である神社へ通ってもらうことになるだろう。

あの人に何故自分達を繋ぐ糸を切るのだと聞かれたとき、思わず本音が漏れてしまった。
驚いたような顔をしていた。

あの人多分とても聡い。気が付いてしまったかも知れない。
だからといって、何も変わらないのだ。

わざわざ墓穴をこれ以上掘るつもりもないし、そもそもわざわざあちらも突っ込んでは来ないだろう。
断るために聞く等という、馬鹿な真似をする筈がない。

癖になってしまった溜息をついて、小西先輩の部屋へ向かう。
初めて行ったときと一緒で、専用のカードキーを預かっている。

放課後そのまま向かうことにした。
エレベーターにカードを通して、役員専用階にのボタンを押す。

オカルト紛いの説明をしなくてはならない。
あの人は怖くはないのだろうか。
頭の可笑しい人間を紹介した。
そう思われても、おかしくないのだ。

俺が考えても仕方がない事だ。
そっと、あの人の部屋のインターフォンを押した。

リビングスペースのソファーに座っている転校生は、華奢な体に小さな頭が乗っていて、顔のパーツも綺麗に整って、近くで見るとそれはそれは可愛らしかった。
糸に関係なく、この人がモテるのが分かる気がした。

「初めまして。」

そっと頭を下げると、転校生はニコリと笑顔を浮かべた。

「初めまして、俺、五十嵐 佐紀って言います。」

立ち上がって、頭を下げられる。
あの人は一体俺の事何て説明したのだろう。
俺の後ろに居た、小西先輩を振り返る。

ふんわりと笑顔を浮かべられただけだった。
促されるままにソファーに座った。

「で、どこまで話したんですか?」

小西先輩は、俺の前では見せたことの無い、人の良さそうな笑みを浮かべた。

「佐紀の言うオーラの見え方を聞いて、君が縁切神社の息子だって話をしたよ。」
「オーラ、ですか。」

彼は何かが見えているらしい。あくまでも彼が言うにはだ。

「あ、あの。」

五十嵐君は俯いて、自分のズボンの太もものあたりをギュッと握りしめて、それから振り絞るように言った。

「俺の近くに濁っている澱みみたいなのが、ジワジワと増えていくんです。
それが、増える毎に、俺の事を変な目で見る人が増えて、気持ち悪い物になっていくんです。」
「ただ単に、五十嵐君が可愛いからじゃないの?」

溜息をついた。
五十嵐君はふるふると首を横に振った。

「確かに、俺の事を好きだと言ってくれる人は男女共に多いです。
でも、それがどうこうって訳じゃないんです。
なんていうか、狂ったように盲目的に俺であって俺じゃない人を盲信して他を疎かにするんです。
で、決まってそういう時は澱みが見える。」

今度は俯かず、俺の目をしっかりと見て、五十嵐君は言った。

俺は元々こういうのは得意ではない。
そっと自分の利き腕である右手に力を溜める。

「先輩、目線を動かさないか目をつぶっててください。」
「何突然。」
「いいから。」
「分かった。」

小西先輩はそっと目をつぶった。
俺は右手に集中して、そっと目の前の空間を撫でた。

五十嵐君の指から伸びた糸のぐちゃぐちゃになった塊がほんの少しだけほぐれながら彼の横から、後ろへと動いた。

五十嵐君は目を見開いた。

「澱みは、どこにある?」
「俺を試したいんですか?
……後ろですよね。」
「先輩、目を開けてもいいですよ。」

小西先輩の方を向いて言う。
小西先輩はそっと目を開くと、糸の塊に視線をずらした。

「今、澱みが動きましたよね。」

興奮したように、五十嵐君は言った。
確かに彼はあれが見えているようだった。

ただし、見え方は俺や小西先輩とは違うようだが。

「少しだけ、押し出しました。
これでお互いに嘘を言っていない証明になりますか?」

俺が静かに聞くと、五十嵐君は頷いた。

「俺には、縁の様なものが見えます。
五十嵐君の縁は酷くいろんな人の縁と絡んでぐちゃぐちゃになっています。」

五十嵐君は納得したように、ちらりと背後に視線を移し、それから頷いた。

「俺でも、絡まってしまった縁をほぐす事はできます。
でも、五十嵐君の言う澱んでしまって悪縁を呼び込む状態を取ることはできません。
ただ、俺の実家であればある程度浄化することはできると思います。」

息をつめた様に聞き入る五十嵐君に対して、できうる限りの優しい笑みを浮かべた。

「平日、俺が絡んで縺れた縁を修復しますので、休日は俺の実家に通ってほしいのですが大丈夫ですか?」
「それで、今の状況が何とかなるなら是非お願いしたい。」

俺の事を真っ直ぐに見つめて五十嵐君は言った。
それから頭をさげた。
小西先輩は、きっと五十嵐君のこういうところを好きになったのだろうと思った。
こみ上げるものがあったような気がしたけれど、無視をした。

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