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放課後、理一は帰ってしまおうかと思い。鞄を持ち教室を出る。
不躾な視線をいくつも浴びたが答えられるような事は何もない。

誰かの手伝いを今はする気にもなれないし、誰とも居たくなかった。
理一が、そんな風に考えるのは久しぶりだった。

理一はここしばらくはずっと一色純のことばかり考えていた筈だった。
無理矢理にでも手に入れてしまえば良かったのだろうか。

それは今でも違うと思えるし、今はもう飢えに似た感情はわかない。
ただ、誰にも煩わされないで一人で居たいと今は思ってしまうのだ。

理一は溜息を付くと、下駄箱から靴を取り出した。
履きかえて前を向くとそこには笑って立っている一総が居た。

「まだ、授業終わったばかりっすよね。」
「ああ、うちのクラスは少し早めに授業がおわったから。」

作り笑顔だということが分かる笑みで一総は言った。
理一もその時そう思ったのだが、恐らく異能を使って教師を籠絡したのだろう。

それが今日初めて行われたことなのか、すでに籠絡済みであったのかは理一の預かり知らぬところだ。

「さて、俺の部屋と木戸の部屋とどちらがいい?」
「は?朝の話、本気だってんすか?」

理一の問いかけを無視して一総は「俺の部屋でいいか」と返した。

理一は深い溜息をついた。
まあ仕方が無いかと思った。
そこではたと気が付く。

先程まで一人で居たいと思っていたのではないのかと。

理一は愕然とした。
立っている足の下の床が抜けてしまったように錯覚して、ぐらりとよろめいた。

そこを一総に支えられた。
自分自身を支える一総の腕を見て、このままこの腕を本気で振り払ったらどうなるのかと考えてしまうことに理一は気が付く。

いくら、花島の人間が人体に精通しているとはいえ、圧倒的な力の前ではそれも意味をなさない。

理一は自分が酷く暴力的な思考に支配されていることは理解していた。
一度は一総に抱かれることで収まったと思われた衝動はジワジワと強まっていた。

業なのだろうか。

初代の九十九以降皆一様にある一定の年齢から凶暴性を増しているという。
その年齢を超えてそれでも“普通”の生活ができると証明してみたかったが無理なのかもしれない。

「なんで、アンタは俺にやさしくするんすか?」

優しくなんかされなければ、こんな追い詰められた様な気持ちにはならなかった。

「それとも、アンタが誰かを抱く時はいつもこうなんすか?」

皮肉を込めて言うと、そこで漸く一総の笑みが消えた。

「俺の部屋に行くか。」

その言葉よりも、その声色に理一は驚きが隠せなかった。
いつもの艶はまるでなく、まるで普通の男子高校生の様なのだ。

驚きのあまり呆然と立ちすくむ理一を一総は笑った。
その笑顔もいつものものとはあまりにも違った。

「お前だって、隠し事だらけの上にその変な敬語だろ。」
「……それは普通の男子高校生の演技ですか?」
「花島である自分も誇りは持っているよ。だから、今の俺は演技はしていないけれど、普段の自分が演技だとも思わない。」

ほら、行くぞと普通の後輩に言うように一総は言った。
頭を混乱させながらも理一は一総のあとに続いた。

普段の自分が演技だとも思わないという言葉で自分自身の今までの頑張りが救われた気がしたのだ。
あくまでも一総は一総自身のことを言ったとのだが、それでも救われたと混乱した中でも思ったのだ。

先に歩を進める一総を見て理一は目を細めた。

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