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「『お嫁様』は由高に決まったそうですよ。」
彼方は同居人に話しかける。
一方、戯と呼ばれている同居人は驚く風もなく、また喜ぶ風もなく淡々と「ああ。」と答える。
その返答に彼方は苛立ちを抑えきれない。
「あなたは、結局、由高をどうしたいんですか!?」
彼方が毎日由高を家に連れてきていたのは、勿論由高が喜ぶからというのもあるのだが、それだけではない。それなのにもかかわらず戯は何もしない。ただ、由高を見ているだけだ。
『お嫁様』、生贄の別称だが、それに由高が選ばれたという件は村の有力者や、関係者にはすでに知れ渡っている。彼方の家は代々、お社の宮司をしているため、由高の件も彼方に伝えられた。友人を気遣ってやれ、そう父親には言われたが、まあ体のいい監視役と言うところだろう。
『お嫁様』に決まってからの由高は気丈にふるまってはいたが、友人である彼方の目から見れば明らかに、憔悴しきっているようだった。そんな状況であるからこそ、彼方は目の前の人物が何事もないように過ごしていることに、苛立っていた。
お前の話を聞く気はないとばかりに、縁側に座ったまま、月を見ている戯に彼方は
「せめて、由高に説明してあげることは出来ないのでしょうか?」
「無理だな。」
お社様の代替わりには、色々な規則がありまた、制約もあることは彼方も分かっている。それでも、友人の不安を少しでも取り除くため、抜け道がないものかと考えてしまうのはいたしかたがないものであろう。
「僕は、あなたの正体を知っています。能力も過去のお社様から、大体の見当は付いています。そして、戯という偽名…。例えば、ここで僕があなたの本当のお名前をお呼びするといった場合どうなりますか?」
戯は“日照雨”と字を当て換える事ができる。
戯は視線を彼方の方へ向けるが、表情はやはり変わらない。
「呪われる覚悟がある、ということか?」
神にも等しいとされる力を持つ、戯の名を本人の許可なく呼ぶということにはリスクがある、そんなこと当然彼方は分かっていた。しかし、由高一人を犠牲にして、村を助けるということに対して、彼方は反対する気持ちしかない。例え、由高が戯に対して淡い恋のような感情を持っていたとしてもだ。誰かを犠牲にして助かるぐらいなら、村ごと滅んでしまえばいいとさえ思っている。
「呼べば、この世界にとどまれず、あちらにお帰りになるはずです。」
しばらくの間、無言で見つめあう彼方と戯。
すると、しとしとと雨が降り始める。
「まるで、あなた様のお名前のようですね?」
降り続く雨を見ながら彼方が言う。
彼は雨の神に連なるものなのだ。
「今は、お前にも、由高にも言えないことが多いが、儀式の時、必ず、由高にすべてを打ち明けよう。」
「信じてもよろしいのでしょうか?」
「……由高は必ず我が幸せにする。我が名に誓おう。」
それから暫く、二人は雨が降り続く庭を見ていた。