樹に渡された歌詞を見てそれからすぐに曲はできた。
半ば寝食を忘れて作った曲は、自画自賛かもしれないがいいものになったと思う。
軽い気持ちで言った、作詞でもしてみないかという言葉が思いがけない完成系になって俺自身ひさしぶりにわくわくしていた。
いまどき大学のサークルでだって、曲作りをしているところがごろごろあるのだ。
気軽にはじめるものだと思っていて伝えた言葉に、樹はいつも困ったような、曖昧な笑みを浮かべていた。
興味が無いのか、それともただ自信が無いのか計りかねていた。
無理をしてもしょうがないと思っていた矢先の事だった。
樹の作った詩(うた)は、彼の心そのもののようで、清廉としていて、けれどもその中に一つ一つ極彩色のきらめきが見える。
だから、曲は樹そのものを表すものにしたかった。
音を紡いでいく。最愛の彼のイメージの音はすぐに見つかった。
一気に書き上げた曲は、少しだけ出会うきっかけになった曲に似ていた。
◆
誰かに曲を聞いてもらう事に、こんなに緊張した事はない。
それなりに自分に対して自信もあったし、努力もしてきた。
だから、曲を発表する事自体にネガティブな気持ちが伴う事はあまり無かったのだ。
曲ができてすぐ、樹を呼んだ。
心臓の音がバクバクと聞こえる。
樹に悟られないように、息を吐くと、スタートボタンをクリックした。
樹が息を飲む音を聞いた。
「すごいです。なんていったらいいか全然分からないですけど、俺、圭吾さんの作った曲の中でこの曲が一番好きです。」
曲が終わってすぐに樹はそうポツリと言った。
「歌ってみるか?」
俺が聞くと、樹は微笑んで頷く。
それから
「圭吾さんも一緒に歌ってくれますか?」
と聞いた。
「勿論。」と答えると樹はへにゃりと笑った。
◆
1週間ほどの練習期間を設けて音撮りをする事になった。
家で、というのも惜しい気がしてスタジオを予約した。
二人で連れ立ってスタジオへ向かう。
これまでに何度か二人で行ったことのある場所だった。
もう、こうやって二人で歌を唄うということが普通になっている事が単純に嬉しかった。
ついたところで機材のセッティングをする。
それから、曲をかける。
自分の言葉で唄うとこんなにも違うのかと驚く。
そして、愛おしい気持ちが沸いてくる。
この曲は多分俺に向けられたもので、そして樹に向けたものだ。
もう一度告白をして、それに返事をされたような気分だった。
そして、もう一度、樹に恋に落ちている気分だ。
「ホント、たまんないな。」
無意識に口角が上がった事に気がついて思わず口元を手で覆った。
唄い終った、樹に駆け寄って思わず抱きしめてキスをする。
「愛してる。」
きょとんと聞いていた樹の顔がじわじわと赤くなっていく。
「俺もです。」
真っ赤になったまま返す樹を見て、もう一度強く抱きしめた。
「俺も唄うからそこで聞いていて。」
そういうと、俺の分の録音作業を始める。
お互いに何回か録音をして、それから二人で同時録音したバージョンも録音をした。
それから、二人で家に帰ってmix作業をする。
俺と樹の愛の唄は耳に心地よいハーモニーになって聞こえて来る。
甘くて、切ない曲は多分樹の気持ちで、そして俺の気持ちだ。
誰にも聞かせないことも考えたけれど、それと同じくらい世界中の人に自慢したくてたまらなかった。
完成した曲を二人で手をつないで聞いた。
彼の指にそっと自分の指を絡めると、ぎゅっと握り返された。
手をつなぎながら、お互いの告白そのものの曲を聞いた。
曲が終わると顔を見合わせて笑いあった。
気恥ずかしかったけれど、心底幸せで、照れくさくて二人で笑って、それからそっとキスをした。
了
お題:惚れ直し、ハーモニー