砂浜を二人で歩いてから、それほど時間は経っていなかった。
まあ、何もしていないと言われればそれまでなのだが、当初の目的を果たしたため帰ろうと車の運転席でエンジンをかける。
すると、樹に「あの」と声をかけられた。
「もう、帰るんですよね。」
それは質問ではなく、縋る様な声と視線で、ギクリと固まる。
そんなに、寂しい思いをさせていたのかと心臓のあたりがチクリとする。
俺の気持ちに気が付いたのか、樹は慌てて
「なんでもないです!今日は楽しかったですね!」
と言った。
俺は樹に相変わらず甘えっぱなしの自分に気が付いて、自嘲気味に笑った。
「そうじゃなくて、俺も帰りたくないなって思ったんだよ。」
そう言うと、助手席に座った樹はとても驚いた顔をした後、不格好に笑った。
特にフリーになってからは忙しくていつも大体俺の家で過ごす事が多かったのだ。
普通に考えて寂しいよな。特に樹はまだ大学生だ。
さて、これからどうしようかと考える。
といっても時間はすでに深夜になろうとしていて、選べる選択肢はさほどない。
車を飛ばしてどこか遠くへ行こうかと考えたが、きっと樹は律儀に起きていようとしてしまうだろう。
正直、あまり樹を連れて行きたくはなかったが、ラブホテルを探すしかない。
「今から宿取れないと思うから、ラブホ行くけどいい?」
そう聞くと、樹は少し顔を赤くして、それから静かにうなずいた。
国道を暫く走るとご休憩、ご宿泊と書かれた看板が見えた。
都内のラブホテルと違い、一部屋一部屋に専用の駐車場が付いており、棟が別になっていた。
駐車スペースに車を止めると、シャッターを下ろす。
外から車のナンバーを確認されない為の配慮だ。
そのまま、その横にあるドアから、樹と二人室内に入った。
樹は、初めてであろうラブホテルの室内をキョロキョロと見回していた。
ベッドサイドに備え付けられている電話が鳴った。
お断りか、と身構えつつ出ると、女性の声で「男性同士ですか?」と聞かれる。
質問されたという事は問題が無いという事だ。
お断りされる場合は「男性だけのお客さんはちょっと…」となる。
「済みません。夜遅くなって帰れなくなってしまって。もうこの時間ですから普通の宿は」
そこまで話したところで「ご宿泊ですね」と遮られる。
「はい」と答える。
ついでに軽食を頼む。24時間注文受け付けのホテルで良かった。
届けられた食事はお世辞にも美味しいとは言えなかった。
けれども、終始、緊張した様子の樹を見ているのは、ほんの少し面白かった。
結局、飯の味等どうでもいいのだ。
「今度、温泉にでも二人で行きたいな。」
俺が言うと「そうですね」と樹は返す。
こんな情緒もへったくれも無い、ラブホテルの一室で美味くも無い飯を食べてニコニコと笑っている恋人を見てもっと大事にしようと心に決める。
「風呂、一緒に入るか。」
とりあえず、今からドロドロに甘やかすべく、そう言った。