君と愛を歌おう3

名前も知らない女の子と二人連れだってカラオケボックスに入る。
夕方の時間帯という事で1時間で予約をしようと店員に声をかけようとしたが、その子が「フリータイムで。」ときっぱりと言った。

慌てて彼女の方を見ると「支払いは私がします。」と言った。

薄暗い室内で向かいあう様に座る。
ゴクンと唾を飲み込む音が聞こえた。

「私、国際コミュニティ学部1年の月形早苗といいます。
……あの、ニヤニヤ動画のヴィーさんですよね。」

失敗したと思った。
月形と名乗ったその子とドアを確認して立ち上がった。

「ち、違うんです!!
今日は謝りたくて!!」

叫ぶ様に月形さんは言った。
仲良くなって欲しいでも、誰かを紹介して欲しいでも、協力して欲しいでもない。
多分何か面倒なお願いに巻き込まれると思い警戒をしていたのだが拍子抜けした。

「話だけでも聞いてください。」

月形さんは立ちあがると、深々と頭を下げた。

「ちょっ!?えっ?あの、どういう事でしょうか?」

慌てて頭を上げてもらいながら彼女に問う。

「SNSの最初の書き込み私の友人なんです。」

もう一度、深く深く月形さんは頭をさげた。
彼女の手は恐ろしい位真っ白でブルブルと震えていた。

「書き込みって……。」
「ヴィーとミヤができてるってやつです。」

ボタリと彼女の瞳から涙がこぼれた。
とりあえず月形さんを座らせて、落ち着かせてそれで聞いた話はこうだった。

月形さんは元々ニヤニヤ動画を見ていて、ありがたい事に俺やミヤさんのファンだった。
俺が学食で友人と話している声を聞いて俺がヴィーである事に気が付いた。
その後、俺とミヤさんが連れだって歩いている姿をみて友人が勘違いをしてしまった上にネット上に書きこんだ。

申し訳ありませんと涙ながらに謝る月形さん。
えーっと、正直な感想だけど

「月形さん、全く悪くなくね?」

月形さんはキョトンとしている。

「正直、月形さんの友人がムカつくかって聞かれればムカつきますけど。月形さん別に何の落ち度もないですよ?」

ミヤさんが相当気にしているのでその友人とやらが発端になってホモだという書き込みが増えたのであれば腸(はらわた)が煮えくりかえる思いだけど、別に月形さんは何もしていないどころかこうやって友人の事なのに謝っている。

「大丈夫ですから。ね?顔上げてください。」

俺が言うと真っ赤になった目で「ごめんなさい。」と言った。

「何であんな噂が出たのか不思議だったの話を聞けてよかったです。」

圭吾さんがなにかとという事では無かった。
多分、僕が自制できなくてそういう風に見られたのだろう。
グッと拳を握りしめる。

「お二人の事とても、とても素敵な関係だと思ったのに、本当にごめんなさい。」

ハラハラと涙を流しながら月形さんは言った。
月形さんが俺達の事を恋人だと思っているのかそうでないのかは分からなかったけれど、俺と圭吾さんの事を素敵な関係と言ってくれた事は嬉しかった。

「あの、私に出来る事があったら何でも言ってください。
って言っても大して出来る事は無いかもですけど……。」
「ありがとう。」

いい子だなと思った。
きっと俺がゲイで無ければ付き合いたいと思うのかも知れない。

「取り合えず、ここフリータイムなんだよね?
少し歌っていってもいい?」

ネット上の書き込みだ。
今更彼女の友人に訂正をさせても何もならないと思うし、そもそも今日来ていない彼女にお願いした場合に変な方向に邪推される方が怖かった。

出来る事はただ、ひたすら噂が消えるのを待つか、ネタだろ?って言われるのを待つしかない。
俺にやれる事はただ歌を唄う事しか無い。

家は防音では無いので夜は本気で声を出せないので丁度良かった。

「月形さんも一緒にどう?」

月形さんは顔を真っ赤にしてくしゃりと表情を歪めた後、下手っぴな笑顔を浮かべて複数回縦に頷いた。

それから、ライブの曲を中心に歌って、興奮したように「すごい、すごい」と月形さんに言われて少しだけ彼女と打ち解けた。

その後、大学で合えば声を掛け合う程度に仲良くなった。
彼女は俺と圭吾さんの関係に言及することは無いし、俺も彼女に言ったことは無い。
多分、気が付いているのだとは思う。だけど反対する訳でなく嫌悪をぶつけるのでなく、ただ静かに許容してくれるその姿はとてもありがたかった。