そこにあるのは何ですか?

一総の仕事中に初めて鉢合わせた。

あまり仕事を見せないのか、それとも学内に客がいないのかを理一は知らない。
ただ、一総がそういったことを生業としていることは周知の事実だった。

目の前の二人は明らかに“そういった”雰囲気で線の細い男子生徒は一総にしな垂れかかる様にしていた。
一総は慌てる訳でもなく、目を不自然にそらす事もなくいたっていつも通りだった。

当たり前だ。
理一と一総は特別な関係ではない。

声をかけるのも野暮でかといって行くなというだけの理由もなくただ、呆然と見送った。
ただ、寮監にも鼻で笑われるような自分より、客であろうその人の方がはるかにお似合いだと理一は思った。

理一も何度か行ったことのある、一総の部屋に二人で行くのだろうか。

そこまで考えたところで理一は頭を左右に振って考えるのを止めた。
考えたところでどうしようも無い。

少し、走りたい気持ちになった。
走って何もかも忘れてしまいたかった。

元々、用事は済んでいた。だから、この後の予定もなかった。
いつも通り走り込みをしているだけだ。

けれども、足は、外へ外へと止まらなかった。
学園の敷地は広大だ。しかし、その端の境には高い壁がある。

それを見上げて、理一は一度息を吐いて、それから吸った。
足に力を入れると、たんっ、と足が軽い音を立てた。
踏み切った瞬間体がジャンプする。

難なく、壁の天辺に手が届いた。
そのまま腕の力だけで、よじ登り反対側に降りた。

学園は、山の中にある。
見渡す限りの雑木林をすり抜けた。

恐らく、暫くすれば雷也が気が付いて、大事になる。
分かっている。
今までの努力をすべて無駄にするとわかっていたが、理一は止まれなかった。
普通、こういう時どうするのだろうか。
そもそも、理一は何故自分がここまで不安定になっているのかが分からなかった。

暴力的な感情は恐らくない。

急に、何やってるんだろうという気持ちになって理一は立ち止まる。
それからそのまま、その場に寝転がった。
木の葉や、小さな枝が無数に落ちているが、どうせ怪我をしたところで直ぐに治ってしまうのだ。

理一は、ふうと一回、溜息を付いた。

ポケットにしまっていた携帯電話が鳴った。
液晶に映し出された名前は先程会った一総だった。

理一は一瞬悩んだ。だが、直ぐに携帯電話を耳元に当てた。

「もしもし。」
「木戸か?今どこだ?」

一総の声も話し方もいつもと少しも変わらなくて、それが今までどれだけ救われたか分からないが、今日だけは、今だけは、そんないつも通りの話し方が辛かった。

「あー、外っす。」

結局いつもと同じそっけない返答を理一はした。

「……学外にいるのか?」

急に声色が変わり当てられた事実に理一は息を飲んだ。

「帰ってこないか?」
「何すかそれ。」
「ん?ただのお誘いだが?」

軽く言われたその言葉に理一は怒鳴った。

「さっきの相手はどうしたんだよ!」

理一は笑い声が耳元から聞こえた気がした。

「仕事ならとっくに終わってるよ。」
「俺の部屋と木戸の部屋どちらがいい?」

会う前提になっていることが気に入らなかった。
しかし、会わないという選択肢も理一には選べなかった。

「俺の部屋で。」
「何分で戻る?」
「20分以内には。」

そう言うと、理一は立ち上がった。
今まで、あの横に立っていた人間ががいたであろう一総の部屋には入りたくなかった。

軽く屈伸をすると、理一は地面を蹴った。

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