その日は妙な焦燥感があった。
◆
別に約束はしていなかった。
事前の連絡なしに、理一が一総の部屋を訪れるのは、恐らくこれが初めてだった。
インターフォンを鳴らすと、やや時間があってからガチャガチャとチェーンロックを外す音がして扉が開いた。
中から出てきた一総はいつも着ている制服でも、部屋着にしている洋服でもなく、着物を着ていた。
理一は一総の着物姿を見るのは初めてだった。
少し、光沢のあるように見える生地は恐らく正絹だ。
何か集まり事でもあったのかと、理一が尋ねようとすると、一総は困ったように笑ってから口を開いた。
顔が少々赤らんでいた。
「何か用だった?」
それは明らかな拒絶だった。
理一が聞き返そうとすると、それを遮るように、一総はドアを閉めようとした。
だが、ドアは閉まらなかった。
理一がドアの端をしっかりと押さえていたからだ。
理一の手が触れているのはわずかなのに、ドアは動かなかった。
「アンタ、具合悪いんすか?」
返ってきたのは、はあという溜息だけだった。
吐息が熱い気がした。
ドアを抑えた方と反対、左手で一総に触れると、一総はギクリと固まった。
これではいつもと反対だ。
何故こんなことになっているか理一には分からなかった。
一総は理一を見つめ、それから少しだけ逡巡するかの様に視線を動かした。
視線一つとはいえ、常日頃の所作は全て計算ずくな一総としては珍しかった。
「ホント、どうしたんですか?」
半ば意地になって理一が聞くと、ややあってからぽつりと一総は言った。
「……発情期みたいなものだ。」
返ってきた言葉に理一は思わずポカンとしてしまった。
決まりが悪そうに一総は顔をそらしている。
「妊娠しないと止まらないみたいなやつっすか?」
理一の口から出た軽口を聞いてようやく一総はまともに笑った。
「変なゲームのやりすぎじゃないか?
そもそも、それならば女性だけが発情期になればそれで充分だろう。」
「じゃあ、どうすれば収まるんすか?」
「数日すれば収まる。」
だから、と続けようとした一総の言葉は理一によって遮られた。
そっと触れるだけの口付けを胸倉をつかんで無理矢理している。
「しましょうか?セックス。」
唇を離すと理一は言った。
「今、俺は、能力の制御が碌にできない。」
「だから?」
理一は首を傾げて笑った。
一総は舌打ちをした。
「本当に、いいんだな。」
再度確認するように一総は言った。
「どうぞ、ドロドロのぐちゃぐちゃにしてください。」
視線をそらさずに理一は答えた。
一総は静かに扉を開いた。
◆
別に先程の言葉に、大した意味はなかったのだ。
けれども自分を拒絶する一総がどうしても許せなかったのだ。
あの勢いに任せた言葉を、今は少しばかり後悔していた。
もう何度目か数えてもいない吐精感が足先から痺れの様に上ってくる。
「うぁっ……。」
もはや声はかすれていて、聞けたものじゃない。
その声すらも飲み込む様な口付けをされる。
体液の媚薬効果が効きづらいなんて嘘だ。
そう言いたくなる位、体は熱いし、何度絶頂を味わっても直ぐにまた快感を拾ってしまう。
普段、どれだけ気を使って、理一がただただ気持ちよくなるだけのセックスをしてくれているのか、こういう瞬間に良く分かる。
理一が平均に比べ効きづらいというのは事実なのであろう。
ただ、それよりも遥かに、一総の能力の方が上というだけで。
唾液を口内全体に塗りつけるように、舌をくちゅくちゅと混ぜられる。
それが気持ちよくて思わず、理一は腰をくねらせた。
満足気に笑いながら、一総は唾液を飲ませる様にした。
覆いかぶさったまま、後孔に指を這わせる。
そこはすでに、先程から充分に解されてぐちゅぐちゅと卑猥な音を出していた。
心なしかいつもより、その手つきは乱暴だった。
だが、媚薬を飲んだ様になっている体は、その刺激をただひたすら悦んでいる。
一総は、理一の足を抱えるように持ち上げて、左右に割開く。
着物を着たままの一総の息は荒く、はあはあという息遣いが理一にも聞こえていた。
一総はそのまま、下半身から怒張を取り出すと一気に理一を貫いた。
「ちょっ、あ、だめ、あっ、あ゛、あああああ。」
悲鳴に近い声を上げて、理一はのけ反った。
ドロリと白濁を吐き出す理一を見て、一総は腰を打ち付け始めた。
「まって、今、いま、イッたとこ、あっ、あぅ、…あっ。」
一総は避妊具をつけていない。
先走りを塗りこめられるように動かれると、たまったものじゃない。
理一は一総にしがみつき、その背中に腕を回した。
結合が深くなる。
思わず立ててしまった爪が一総の背中を引っ掻く。
その事実に気が付いた理一は、慌てて腕を離した。
「掴まっとけ。」
一総が見下ろして笑った。
男らしい笑顔だった。