※すれ違ったり寄り添ったりより未来の話です。
「一度俺の会社見に来ない?ついでに友人に紹介するんだけど駄目かな?」
「俺男ですよ?そこのところちゃんと分かってますか?」
別に大地さんが一緒に会社を興した友人と知り合ったところで俺を含めた友達付き合いにはならないだろう。
俺は男で、しかもとてもこの人と釣り合っているとは思えなくて。そんな人間を紹介したところで意味があるとは思えなかった。
誰にも知られずに、この人と二人で過ごせるだけで俺は充分だ。
「えー、その辺は別にどうでもいい話だよ。
俺が男と付き合ってるって大体皆知ってるし。」
それに、この前その内の何人かと鉢合わせただろ?紹介しろってうるさくて。あの人は笑顔を浮かべた。
言い返して断った方が良いのは分かってる。
だけど、夏休みで大学の授業も無くて、断る理由が見つけられなかった。なんて言い訳にもならない。
仕方が無く頷くと、あの人は満足気に笑った。
◆
大地さんの働いているオフィスはマンションを流用している物で玄関でインターフォンを押そうとしているところで声をかけられた。
「うちになにかご用ですか?」
声をかけた人は、この前会ったときにいた人では無かった。
真っ黒な髪の毛に切れ長の瞳のその人は笑顔を浮かべながら俺に聞く。
「初めまして。俺、小西先輩に呼ばれてきたんですが。」
頭を下げて、手土産に持ってきた菓子を渡す。
「ああ。ありがとう。俺は内田聡って言うんだけど、多分小西の恋人のお披露目会に呼ばれたんだよな?」
その恋人ですと自分から上手く言い出せず困っていると、菓子を受け取ったその人は玄関のドアを開けて、どうぞと言った。
細長い廊下の向こう、リビングスペースをオフィスとして使っている様だ。
二人で進むと、ガラスの扉がある。
向こうの様子が良く見える。
ソファーでくつろいでいるあの人と、あの人が呼んだのであろう五十嵐君が見えた。
二人で楽しそうに話している姿は仲睦まじいという言葉がぴったりで、頭では五十嵐君との関係を心配する必要はないと分かっていてもそれでもズキリと胸が苦しくなる。
「あれ、もしかして小西の恋人かな?」
君知ってる?と聞かれるがなんて答えたらいいのか分からない。
「今日恋人を自慢するって言ってたんだよ。
結構友人も呼んでるらしいし。」
ああ、そうなのか。今日の事を詳しくは聞いていない。
一度会社見に来たらと言われて周りのやつらも紹介したいしと言われただけだった。
あの人の友人を紹介されるのは高校の時生徒会役員の時とそれから後一人だけだった。
男同士なんだから当たり前だと思っていたし、そちらの方が良いとさえ思っていた。
周囲に受け入れられないあの人を見るのは嫌だったのだ。
だけど、扉を隔てた向こう側にいるあの人と五十嵐君は笑いあっていて、それを普通に受け入れていれている会社の人。
現実はこんなものという訳では無いだろう。
あの二人だから、なのだ。きっと俺とあの人の組み合わせだからなのだろう。
二人をぼんやりと眺めながらそんな事を思う。
「ああ、もしかして小西の事好きなんだ。」
そんなに分かりやすいのだろうか。思わず内田と名乗った男を見上げてしまう。
ああ気にしないでと笑いかけられ、どうしたらいいのか分からなくなる。
「まあでも、あれだけお似合いだとキツイよな。無理だってわかってるんだから。
男同士だってこと俺も忘れそうになるなあれは。」
そうですねとは返せなかった。
多分俺とあの人ではそういう風に周りに想ってもらう事は無理だろう。
周りなんてってあの人は言うけれど、仕事にしたって何にしたって一人ではできないのだ。ましてや興したばかりの会社の創業メンバーだ。
笑いかけることも、誤解を解くこともできず思わず俯く。
どうせ後で分かるのだ。せめてきちんと話の出来る人間であるこ位できなくちゃいけないのに、それさえもする事が出来ない。
「まあ、いいや。
あんまり無理するなよ。」
ただの勘違いではあるが、優しい言葉をかけてもらって申し訳ない気持ちになる。
あの人と仕事をしている人はとても優しい人だった。
「おーい。お客さん来てるぞ。
あんまり恋人といちゃついてないでちゃんと仕事しろ。」
奥の扉を開けて内田さんがそう言った。
「俊介!」
ガタンと音を立ててあの人が立ち上がる。
「え!?俊介って。」
内田さんがこちらを見る。服の裾を握って、それでも何とか不格好な笑みを作る。
「ああ……。ちょっと待て、この人が恋人なのか?」
「え?そうだよ。」
状況を飲みこめていないあの人が答える。
「悪い。ほんとうに申し訳ない。」
勘違いに気が付いた内田さんが謝るけど、俺がお似合いじゃないのは事実だから仕方が無いのだ。
「内田どうしたの?」
あの人が訊ねる。手の甲を自分の頬につけて首をかしげている姿は何もわからず質問しているようだけれど、多分これはもう気が付いているのだろう。
内田さんが恋人と勘違いした相手が五十嵐君であることも、それを俺に伝えていたことも多分気が付いている。
「不可抗力ですよ。」
俺が言うとあの人は「知ってる。」と言って少しだけ笑った。
「きちんと説明しないで済みませんでした。」
俺が内田さんに頭を下げると、内田さんは「俺がいけないんだから。」と慌てた様に言った。
「ちゃんと、恋人ですって言っていいんだからね。」
あの人に言われ謝る。
「ホント、大地先輩って外では俊介さんにそっけないですよね。」
五十嵐君がわざとらしくため息をついた。
「別に、そんなつもりは無いよ。ただ……。」
そっぽをむいてふてくされた様にするあの人の姿は珍しい。
まるで答えが分かってるみたいに五十嵐君は笑っていた。
ただ、俺みたいなのと恋人だってことを周りに知られたくないって思っている部分がどうしてもあるのだろうと思っていたけれど違うのだろうか。
「だってさあ、佐紀にしろ他の高校時代の友達にしろ俊介の事みんな気に入るじゃんか。」
言っている意味が分からなかった。
そもそも気に入られているのはこの人の方だ。
「皆に紹介して自慢はしたいけど、俊介に誰かが近づくのは嫌だってだけだよ。」
ふてくされた様にあの人が言う。
子供っぽい嫉妬や独占欲なのかもしれない。だけど、それが嬉しかった。
「おい。ノロケはいいからちゃんと恋人を紹介しろよ。」
内田さんが言うと。ごめんとあの人は笑った。
俊介こっちへと言ってあの人の横に行く。
「恋人の亘理俊介。高校の時から付き合ってる俺の最愛だよ。」
まるで二人きりの時の声色であの人が言う。
思わず赤くなってしまっていたたまれない。
「お前、俊介君の事になると、ホントでれでれだよな。」
前に顔を合わせたことのある人があの人に言う。
「当たり前だろ。」
あの人は俺に向かって笑いかけて、それから自分の小指を俺に触れさせるみたいに俺の手に絡めた。
あの人の小指から伸びた糸が俺の手に絡まる様に触れて、それは俺とあの人だけの秘密の合図の様で思わず笑いかけてしまうとあの人は「ほら、その顔。」と言ってまるで俺を隠すみたいに自分の後ろに引っ張った。
五十嵐君の小さな笑い声が聞こえた気がして、それにつられたみたいに他の人も笑ったみたいだった。
「もう、仕方が無いだろ。俊介が可愛いんだから。」
大地さんはぶっきらぼうに言うと「お茶の準備してあるから会議スペース行こう。」と言って振り向いて笑った。
「こうなったら、めいいっぱいイチャイチャして見せ付けてやろう。」
よく分からない意気込みを隣で呟かれて「そこまでしなくても……。」と思わず返してしまった。
「えー、いいじゃんか。」
そう言ったあの人に「お前らお似合いだな。」と内田さんが笑った。
それが嬉しくて、なんだか泣きたいような気分になってあの人のシャツの裾をそっとつかんだ。
了