雨が、パラパラと降ってきた。
髪に、肩に、腕に雨がかかる。
コンビニに寄って、ビニール傘を買おうかと思ったが、やめた。
別に大した距離じゃない。
このまま帰っても多分少しだけ濡れる位だろう。
何より、雨が降っていて薄暗いなか煌々と光るコンビニに入るのが億劫だった。
次第に強まる雨足に失敗したなあ、と思いながら段々重くなる髪の毛と、肌にべったりと張り付く服に気分が悪くなる。
それでも、もう家は目前で後のことは家に帰ってからにしようと考えた。
門をくぐって玄関に向かう。
防犯の為に、門を夜は閉めるべきだとか頭の片隅では分かっているのにやる気が起きない。
部屋の灯りがもれているので、あいつがすでに帰ってきていることは分かってる。
鍵を開けて玄関に入る。
いつも言っている一言が出なかった。
何もかもが面倒なのだ。
のろのろと靴を脱いでいると、タンタンという規則的な足音が聞こえる。
顔を上げると、あいつが見下ろしていた。
「おかえりなさい。」
「……ああ、ただいま。」
上手くろれつが回らなくなって、もごもごと返す。
ただ、この馬鹿の顔を見ただけなのに、それだけで泣きそうになって俺の方が馬鹿みたいだった。
「傘無かったんですか。」
「急に降ってきたから。」
あいつの手が俺の耳元に触れる。
暖かいを通り越して熱い気がする。
「冷え切ってますね。
入浴したほうがいいですね。」
手を引かれ、されるがままに浴室まで引っ張っていかれる。
あいつは、てきぱきと浴室に入って蛇口をひねり湯を出していた。
脱衣所で呆然と立ち尽くしていると
「はい、脱ぎますよ。」
と言いながらべっとりと肌に張り付いた服を脱がせる。
後は下着だという段でようやく我に返って手首を握って下着に触れようとした手を止めた。
「いい、自分でできる!」
「そうですか。それじゃあ。」
と言って、あいつは着ていたカットソーを脱いだ。
「何でお前まで脱いでるんだよ。」
「へ?だってほら服も濡れてしまいましたし。丁度好いので入浴しようかと。」
そう言って俺にお構いなしに服をガンガン脱ぎ捨てる。
「やっぱり、脱がして欲しいですか?」
「いい!」
慌てて、パンツを脱いで風呂場に入る。
浴槽にはまだ、半分程度も湯はたまっていない。
しゃがみこむ俺に桶で湯をかける、あいつはいつも通りの胡散臭い笑顔をしているだけだ。
じんわりとあたたかな湯でどれだけ自分の体が冷えてたのかに気が付く。
「さて、はい。」
先に浴槽に入った、馬鹿が自分の前のスペースに座るように促す。
癪だったが、しぶしぶ浴槽につかると、後ろから抱きしめられた。
「近い近い近いっ!なんか当たってるし。」
「別に勃ってる訳でもあるまいし、それにかなり狭いんですから諦めてください。」
いや、確かにそうなんだが、いや、いいのか?まあ、どうにでもなれという気持ちで馬鹿に寄り掛かった。
湯は大分たまっていた。
そっと俺の体を撫でる馬鹿の手は、いつもより優しい気がして、思わずぶわっと涙が溢れた。
「なあ、俺といてよかったか?」
ずっと一緒にいてくれるか? とか、お前も嫌なこと言われてないか? とか色々喉のへんまで出てきたのに聞けたのはそれだけだった。
「貴方に特に不満はないですが。」
「そうか。」
澱みなく返された言葉に少しだけ安心してまた涙がこぼれる。
「少し、嫌なことがあった。」
俺がそれだけ言うと、あいつは何も返さなかった。
じゃばじゃばと大げさに顔にお湯をかけて涙を流す。
あいつは、ただ後ろからギュッと俺を抱きしめるだけだったけれど、風呂から上がる頃には、まあいいかという気持ちになれた。
「その、ありがとうな。」
「こちらこそ、良い触り心地でした。」
いつもの変態発言に「ホントお前は!」と言い返しながらそれでも先程まで胃のあたりで渦巻いていた嫌なものが全部消えていることに気が付いて、ほっと息を吐いた。
了
お題:主人公が大事に可愛がられている