「いや、……は?え?」
山田は変な声を上げ続けてそれから「口紅なんてどうでもいいでしょ!?この際」と言った。
「俺が驚いてるのは口紅の話じゃない」
なんでアンタがキスしたかの方ですよ。
山田がまっすぐにこちらを見て問う。
それは初めて声をかけられた日の事を思い出す視線だ。
あの時はめんどくさいと思ったのにな。
「変えてみたいと思ったから」
俺が言うとぽかんと山田がこちらを見る。
それから、数秒ようやく俺が何を言っているのか思い当たったという風に俺を見る。
「変わりたくないって言ったのは、ていのいい断り文句だったんじゃなくて?」
「は?」
今度は俺が変な声を出す番だった。
「いや、嫌悪感むき出しにされるよりは大分マシだったけど、振られてるもんだと思ってたんですけど」
山田が視線を逸らす。
「そういう意味で言ったんじゃないけど、まあ、山田にとっては同じことか」
悪い。と言うと山田は顔を歪める。
「そうじゃないよ」
俺は言葉を重ねた。
「ぬるま湯みたいな友達の関係がすきだったから、それに縋っていたかったからああ言ったんだけど、変わってみたくなったから」
だからキスしてしまった。
「ごめん。言ってからするべきだったよな」
山田が首を横に振る。
それから俺に顔を近づけて、ねっとりと俺の唇を舐めた。
「確かに、口紅はあんま美味しい物じゃないですね」
でも、ドキドキする。
山田が目を細めて笑う。
「俺、あなたとお揃いの服を着るってだけでドキドキしちゃって駄目なんですよ」
山田が言う。着替えるのを嫌がった理由はそれかと思い至る。
「俺だって、お前と視線が合うだけでどうしたらいいのか分からなくなるよ」
「……あれ、振った男と目を合わせるのが気まずかったからじゃないんですか!?」
驚いた顔の山田を見るのは少し面白い。
「分かったなら、俺の作った服を着ろ」
ああ、本当に目線が布で隠れていてよかった。
見えてたら醜態をさらしていただろう。
「俺たちの関係、変えてみてもいいですか?」
山田に言われて頷く。
「じゃあ、着替えますね」
勝手にキスをしたことを怒られるかと思ったけれど、山田は心なしか浮かれた調子なだけでいつも通りだ。
なんだ。何も変わらないのか。
安心した気持ちと、それから先ほど唇を舐められた感触。
確かに変わってしまった部分もあることを知っている。
そっと自分の唇を指でなぞって、それから「俺も山田のことすきだよ」と伝えた。
了