放送部がこんなに人気のない部活だとは思っていなかった。
その理由が、お昼休みに放送活動をするので碌に昼飯を食べている時間が無い所為なのか、それともこの平凡な容姿の先輩が春の新入生向け部活紹介の機会に出てこなかった所為なのかは知らない。
二人きりの放課後、副調整室に並んで各々でダラダラと過ごす。
うちの放送部は特にコンテストに出品するわけではないので放課後は自由参加だ。
なのに二人しかいない部員の筈の俺と先輩は毎日こうやって放課後ここで過ごしている。
別に、放送に関係する事柄を放課後にしたことは数える位しかない。
今日だって俺は、買ってきた漫画をただ読んでいるだけだ。
横で静かにぼんやりと過ごしている先輩をちらりと見てそれから、声をかける。
「何聞いてるんですか?」
この人はこちらを見た。俺と一緒の時はいつも、音量を抑えてくれていることはもう知っていた。
先輩は片耳だけイヤホンを外すと「ん。」と意味をなさない声を出す。
それから、外したイヤホンを俺に差し出す。
先輩は放送の時以外はあまり話さない。
大体いつもこうやって音楽を聴いているか、どこかのラジオ番組にメッセージを送っているか、ぼんやりと図書室から借りてきた本を読んでいるかだ。
時々俺の話を聞いてくれる時もあるけれど相槌もまばらだ。
だからまあ、声が出ただけ幾分かマシなのだろう。
渡されたイヤホンを自分の耳に押し込む。
少しイヤホンがまだ暖かった様な気がして、妙に気はずかしい。
流れてきた音楽は聞いたことのないテクノポップで、別に嫌いではないがすごく好きという訳でもなさそうだ。
いまどき先輩は、有線のイヤホンを使っている。
だから、近くなってしまった顔にドキリとする。
先輩は面白そうに目を細めると、そっと俺の唇に自分の唇を重ねた。
こういうことをするのは別に初めてじゃない。
この人と何度もしているのに、頭の中が沸騰したみたいになる。
乱暴にしたくないのに、先輩の肩を思わずつかんで、そのまま舌を差し入れると、先輩の舌が俺の舌を舐めた。
ぞくりとして思わずやり返す。
ちゅぷ、という粘着質な音だけが二人きりの部屋に響く。
唇が離れると、先輩は口角をあげて、ニヤリとこちらを見る。
こういう時だけこの人は、表情に色気がある様な気がする。
だけど、まるで主導権がこちらにはないみたいで少し悔しい。
「それ、大人の余裕ってやつですか?」
俺が聞くと先輩は「俺も子供だろ。」と笑った。
たった二歳の差が憎たらしい。
「で、どうだ?」
耳をとんとんと指さす様にして先輩が聞く。
「嫌いじゃないです。」
「そうか。」
先輩は俺の言葉を何故か満足げに聞いてそれからまたスマートフォンに視線を移した。
まるで俺の事から興味が移ってしまったみたいなのもいつもの通りだ。
けれど、イヤホンを返せとはその曲が終わるまでの短い時間一度も言われなかった。
了