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物資があまり届かなくなった。
人員の補充がされなくなった。
それから、血の匂いがずっとしている。
敵方が進軍を始めたという知らせがあったのはそんな時だった。
もう駄目かもしれないと思った。
遺書らしい遺書は書いていない。
仕方がないのかもしれない。
そのために俺は貴族のうちの子になったのだ。
帰りたかった。
一目、あの人の顔を見たい。
声をもう一度だけ聞きたい。
「囲まれたかもしれない。」
誰かが言った。
きちんと伝達するだけの気力も、もう誰にも残っていなかった。
残存する魔力はもうほとんど無い。
碌な抵抗ももうできないかもしれない。
怯えが部隊の中に広がっていくのが空気で分かる。
撤退の命令が下るまでは逃げる事すら叶わない。
その時が来たら、耐えられず叫びだしてしまうかもしれないと思っていたけれどそんな事はなかった。
もうそんな体力が残されていなかっただけだけれど、大きな声を上げるものは一人もいなかった。
部隊の後方から大きな音がする。
いよいよかと思う。
だから、あの人の声が頭に浮かんでしまったのだと思った。
本物の声だとは、にわかに信じられなかったのだ。