※視点変更
「失せもの探しの魔法がある。」
そういう魔法が一応存在することは知っていた。
ただし、精度がものすごく悪いという事も勿論知っている。
同室者が今どこにいるかを魔法で一発で知ることが出来るという類のものではない。
だから、同室者の義理の兄が「失せもの探しの魔法を使うので力を貸して欲しい。」と言った時も、正直何言ってるんだこいつ? という感じだった。
「勿論、あいつを直接探すんじゃない。」
それから少し間を置いて二言目を話始めるのを聞いた。
「あいつの事だ。
届くかどうかを別として、手紙は送ってるだろう。」
それを探す。
意思の強い目だった。
決闘の時と全く違う目だ。
ただ、同室者が言っていた「優しい人なんだ。」という言葉を思い出す。
多分俺はこの人を別人の様にしてしまったのかもしれない。
別に後悔なんぞ無いけれど、漠然とそう思う。
「もし、彼が手紙を出していたとして。
それがどこかに届いている形跡はない。
途中で消えてしまった手紙を探すということですよね。」
人を探すよりはマシなのかもしれない。
物流というものにはある程度ルールがある。
どこかで手紙が紛れてしまったか、誰かが意図的に処分したとしてもそこまでは決まったルールで運ばれてきている。
だから、人を探すより可能性があるという事なのだろう。
どちらにせよ俺一人では絶対に無理な話だ。
「できるよー。」
能天気な明るい精霊の声が俺達しかいない室内に響いた。
人間と同じようにソファーに座って足を投げ出していた精霊が軽い口調で言ったため、俺達の視線は精霊に集まる。
「できるよ。
ワタシ達の得意分野だよ。」
ただし、条件が二つある。
ニヤリと笑いながら精霊が言う。
「一つ目の条件は俺が失せ物探しの魔法を使ってあげるのは一回だけだ。
そうだな、君たちどちらか宛てに届くはずだった手紙があったとして、どちらか一人分だけ魔法で探してあげよう。」
本当に手紙を探すのでいいのか、という事と俺たちのどちらかに手紙を本当に出していなければ意味が無いという話なのだろう。
「俺、だろうな。」
精霊は面白そうに笑う。
可能性の話だ。
精霊が力を貸してくれて、確実に場所が追える。
同室者が俺とこいつ、どちらに手紙を書いたか、それとも両方か。
という事なら、どう考えても俺だ。
信頼度とかいう感情の問題ではない。
それに、もし、俺に送っておらず義兄に送ってきているのであれば、こっちはお貴族様だ。別の方法で追跡を別途考えられる。
「そっちは、それでいいのか?」
精霊が聞く。
自分の方が信頼が無いとでも言わせたいのだろうか。この精霊は誰かが惨めになるのを見るのが好きなのかもしれない。
「それでいい。」
俺が思ったよりはっきりとした声で返事を返して、驚いた。
「俺は、俺のプライドよりも大切なものがある。」
俺に話しかけているという感じでは無かった。まるで自分自身に話しかけるみたいに言う。
「じゃあ、決定だ!」
精霊が叫ぶ様に言う。
「二つ目の条件は?」
俺が話す前に魔法が発動して黄色い光が部屋中に広がった。
◆
同室者は俺に何度も手紙を書いていた様だった。
手紙には砂の様な物が付いたものもあったし、インクも掠れている箇所がある。
学園でのことを懐かしんでいる文章も多い。
もう一人の男はただ何も言わず、その手紙をただひたすら眺めている。
「特別大サービスで手紙の復元もしてあげたから」
精霊は言う。
手紙の状態はもっとひどかったという事だろう。
問題の無い範囲で書かれているであろう日付と天気、それから部隊の様子が書かれている。
一部に通常の郵便に乗った証として受け付けた際の消印が押されているものもあった。
それに土がついているのも、探す側からすればありがたかった。
これだけ情報があれば、彼の大まかな居場所は分かるだろう。
「で、もう一つの条件は?」
俺が聞くと精霊はにんまりとそれはそれは人の悪そうな笑みを浮かべた。
それから小さな小瓶を目の前に出した。
「なんだこれ?」
「え? 媚薬だけど。」
精霊の言葉に何をいってるんだと、今度こそ思う。
「交換条件、だよ。
人間達が使っているものとは効果がちがうから」
精霊は先ほどまでと違ってとても楽しそうだ。
「で?」
嫌な予感はしている。
だけど、一応聞かないと始まらないだろう。
「え、だから、君がこれを飲んで性交する様を彼に見てもらうんだよ。」
予想が外れてない事でこんな変な笑い声が出るとは思わなかった。
やっぱり、こいつは人が惨めに思ってるのを見るのが好きなのか。それとも何なのだ。
「は?」
困惑した声がこの部屋にいるもう一人から出る。
当たり前だ。
俺にはこの精霊と契約し続けるだけの力は無い。薄々感づいていたであろうが、こうも 直截にしかも精霊の口から言われるのだ。そりゃあ驚くだろう。
別にみられたところで事実が変わる訳でもないし、ただ酷く憐れまれるだけだろう。
「だって、つまらないだろ?」
精霊はそうはっきりと言った。
死ねとでも言われなきゃ応えるしかない状況だという自覚があるだけにどう返したらいいか一瞬分からなかった。
が、最初からこんな調子なのでもう大分慣れてしまった部分もある。
けれど、もう一人の男はそうでも無いのだろう。
義理の兄弟が戦地に送られるという発想も無かった男だ。
どちらにせよ、体を暴かれるのは確定なのだろう。精霊にとって何が面白いのかは俺には推し量れないけれどそういう事なのだろう。
「二人きりの方がいいだろ。」
正攻法で話して、はいそうですねと答えてくれる相手ではないのは知っている。
「なぜ?いまワタシはつまらないっていいましたよね?」
それとも恋人みたいに甘やかされるのがご希望ですか? 嘲笑う様に精霊は言う。
別に恋人の様に甘やかされたいと思った事は無い。
だけど、せっかくそう言ってくれるのだ。その言葉に乗らせてもらう。
「はあ? もしかして甘やかして甘やかされれば俺がアンタの事好きになるかもしれないだろ?」
そんなことはまあ、ありえないだろって事を自分がよく知っている。
そして精霊もよく知っている。
でもそういう事ではない。
同室者の大切な人をこの件の蚊帳の外にしてやる事、それから精霊の暇つぶしを提供してやること。その二つが大切なのだ。
暇つぶしの為のゲーム。
俺が精霊の事を愛してしまうかどうかの。馬鹿げたゲームだ。
のってくれるか正直不安だったが、俺の虚勢が精霊の琴線に触れたのか「それは面白いね。」と精霊は言った。
目の前の媚薬を一気に飲み干して、精霊に向って笑いかける。
そりゃあもう、嘲笑うみたいに。
「へえ。」
精霊も面白そうに笑う。
少なくとも、暇つぶしとしてもう少し付き合ってくれるらしい。
少なくとも、同室者の大切な人に醜態をさらさずに済みそうだった。
「じゃあ、あの薄汚い部屋に戻ろうか。」
歩けるかい?それとも抱っこをしてあげようか。
さすが妖精の媚薬だ。効き目抜群でふらつく俺の足元をみて、とても面白そうに精霊は笑った。
部屋を出る直前、媚薬が回り始めた頭で振り返る。
「悪い、後の調査は任せる。」
それだけ伝えると、何故か歯を食いしばる様な表情をした。
だけど、それは少しだけ同室者に似ている気がして、ああもしかして、あの二人は似たもの同士なのかもしれないと思った。