宅飲み編その1

会社帰り、駅から自宅のアパートまで続く道をぶらぶらと歩く。
今日は、月明かりがあるから歩きやすい…、気がする。

だが、どうにも横を上機嫌で歩く男の所為で落ち着かないのだ。
隣を歩くイケメン様、安田はなぜか機嫌よさそうにニコニコ笑いながら俺と一緒に帰宅中だ。
宅飲みしようという事になったのだ。

安田は空を見上げると何かを思い出したようで、俺の前に出ると振り返って後ろ向きに歩く。
器用なものだと思った。

「月が綺麗ですね。」

俺がゴクリと唾を飲み込むと

「ああ、その顔は知ってるんですね!確か夏目漱石が言ったっていう話。」

創作のネタとして調べたことはある。

「だけどその話、都市伝説らしいぞ。出典不明だそうだ。
まあ、漱石が言ってないってだけかも知れないけどな。」

俺が言うと、「へえ、さすが坂巻さん詳しいですね」と返された。
それだけだった。

逆に少し肩透かしで、と思ったところで、いやいやなんで肩透かしなんだよと自分の脳内で一人突っ込みを入れた。

変なことを考えてしまう時は、呑むに限る。
目の前に見えたコンビニの明かりに、なぜだか少しほっとして、歩みを早めた。

「ビール買うぞ。」
「あー、ハイ。」

この妙な緊張の理由を俺は知らない。
知りたくはない。