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お偉いさんのところの関係者だから頼むよ。
オーナーにそう言われて向かったテーブルには、いかにも陰気な雰囲気の少年が一人、ぼんやりとテーブルを眺めていた。

この店に来れるという事はさすがに18歳は超えているのだろう。
伸びすぎたとしか思えない黒髪で表情は良く見えないが、青白い顔色が酷く不健康そうだという事が分かる。
けれどそれすらも顔に比べて大きめにしか思えない眼鏡で隠れて薄暗い店内ではかなり分かりにくかった。

「こんばんはー。」

殊更媚びる様な声を出した自覚があった。俺の声に少年は俺を見上げた。
それから呼吸を忘れたみたいに一瞬息を止めた。

そういう男慣れしていない客の相手はもう慣れていた。
気にせず横に座る。

多分この子供はゲイというやつなのだろう。俺が横に座ると殊更体を固くして顔を赤くさせていた。

「永久指名制だから最初に俺に決めなくても、初回はいろんなホスト座らせればいいんだよ。」

そう言うと、ヘルプを呼ぶかと思う。
ここは所謂Vipルームというやつで完全に二人きりだ。

立ち上がろうとしたところで、スーツのジャケットの裾を掴まれる。

「済みません。貴方でいいんです……。」

飲み物を頼まないといけないと言われたんですが何がいいですか?
聞かれて指を差すのは高級銘柄のブランデーで、じゃあそれでと書かれた金額を気にする事も無く答えた。

「君もフルーツでも食べたら?」

そういうと、二度三度瞬きをしてから「じゃあ、それも。」と答えた。

「名前は?なんて呼べばいい?」
「……雫(しずく)と呼んでください。」

本名かどうかは知らないが、紹介で来たということは身元はしっかりしてるのだろう。

「そうか、俺は響。シズクチャンよろしくな。」

雫と名乗った少年はグラスを両手で持ってコクリと頷いた。

俺が話しかけると、返事は帰ってくるけれど、直ぐに会話が途切れてしまう。
そういう客がいない訳では無いがそもそも男を相手にすること自体稀なので本当にこれでいいのかいささか悩む。

「気の利いたこと何も言えなくて、済みません。」
「いいのいいのー。シズクチャンが楽しめてるなら俺はそれがうれしいよー。」

要は承認欲求でも自己顕示欲でも何でも満たされればそれでいいのだ。
出来れば自己顕示欲を爆発させてシャンパンでも何でも入れてくれれば御の字なのだが、彼はオーナーとの直接的にしろ間接的にしろ交友関係の結果ここの店に来ているのだ。そこまではこちらも望んではいない。

それに、自分をあまり押し付けられないのに好意を感じる雫の態度は正直好感は持てた。
明らかに見た目底辺の人間に対する気持ちとしておかしいことは自分自身充分分かっていた。

物静かな雫とゆっくりと時間が過ぎる感覚は嫌いじゃ無かった。
途中他の席の相手をするために退席する以外、支配人の配慮なのだろう、アルコール消費の為のヘルプもつかず二人で過ごした。

最後に名刺をそっと渡すと、それをまじまじと見た雫は「また来てもいいですか?」と聞いた。

「是非いらしてください。」

オーナーと支配人が二人並んで俺の代わりに返事をしていた。
それが面白くないと思ってしまって、いよいよヤキが回ったかと思う。

「親の金なんすか?すげーですね。」

俺がオーナーに言う。

「は?ああ、あれは彼が稼いだ金の筈だよ。
囲碁だかの日本チャンピオンらしいよ彼。」

するとオーナーは違う違うと笑って言う。
だから、借金させようが何しようが響、お前の好きにすればいい。
むしろお偉いさんからは借金でもすれば賞金落とせなくなるから願ったり叶ったりだってさ。

オーナーがひとの悪い顔で笑う。

けれど俺はとてもじゃないけど一緒に笑う気分になれず曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。
今までは、正当な対価として受け取っていたし、どこまで出すかは相手の判断だと割り切れていた事が今回に限って上手く割り切れていないことに気が付いていたけれどどうしようも無かった。