KVワンライ(旅館)

※王ヴァイ
CP要素はありません。
坂井さんと是枝君が長野の旅館で、という感じです。
8巻ネタバレがあると見せかけて齟齬があるため時系列的にどこかは良く分かりません。

【朝焼けの情景】

坂井は、まだ薄暗い中目を覚ました。
一瞬どこにいるのかを思い出せなかったが、ここが実家である旅館の一室だという事に直ぐに気が付いた。

起き上がって、隣にひかれた布団を見ると綺麗なままで、ああ、今日もまともに寝ていないのかとふすまをそっと開ける。

そこには、坂井が寝る前から同じ恰好でしゃがみ込んで、ノートパソコンに向かう是枝の姿があった。

「少し休んだらどうだ?」

明らかに寝ていない是枝に声をかけると是枝は悲壮感溢れる表情で坂井を見上げた。
何故、インサイダー疑惑を向けられた自分より、つらそうな顔をしているのか、坂井は思わず苦笑した。

「気分転換に散歩にいかないか?」
「散歩…?256はいませんよ?」

是枝は坂井を見上げたまま、そう言った。

「人間だけで行くんだよ。」

坂井は腕を上げて背伸びをした。
肩甲骨あたりの骨がコキリと鳴った。

是枝は、ノロノロと立ち上がった。

誰もいない温泉街を坂井と是枝は二人で静かに歩く。
下駄という履物は、思いの他是枝にとってバランスが取りづらく、カコカコという音が響いた。

上ったばかりの太陽の光がまぶしい。
横を見ると同じ様に是枝が目を細めていた。

近所をぐるりと一周して、再び旧館の前に戻ってきた。
坂井が、建物を見上げる。

それは、自分の子供の頃の記憶と少しも変わらずそこにあって、リノベーションしたいとあれほど思っていた筈なのに、どこかとても安心した。

「坂井さんの家、僕好きです。」

是枝が横でポツリと言った。

「ああ、そうだな。俺も気に入ってる。」

坂井は実家に帰ってきてから、漸く、安心して笑えたような気がした。

「さて、冤罪の証拠を見つけるか!」

坂井は、是枝の背中をポンと一回叩いた。
充分手加減したつもりだったが、是枝は一瞬よろめいて、それから、相変わらず上手く歩けない下駄で坂井の後をついて旅館の中に入っていった。