「りーちゃん先輩は、一番お世話になったから、一番に知らせたかったんです。」
そう、はにかみながら言う後輩、一色 純(いっしき じゅん)にりーちゃん先輩こと木戸 理一(きど りいち)は満面の笑みを浮かべる。
それを見た、純の横に居た男は苦虫を噛んだような顔をしながら、チッと舌打ちをする。
「二人が恋人同士になって俺も一安心だ。…末永く幸せにな?」
そう、理一が純とその恋人である男、東風 紘一(こち こういち)に向かって祝福をする。
理一の心の中は今、暴風雨が吹き荒れているような状況になっているが、表情にも言葉にも一切出さない。
そんな、理一の胸中を知らない純は、「りーちゃん先輩に、そう言ってもらえてうれしいです。」と素直に喜んでいる。
見つめあう、理一と純に苛立ったように紘一は二人の間に、何かを差し出す。
摘むようにして持たれたそれは、お守り袋のようだった。
「これは、お前に返す。」
はっきりとした口調で紘一は、理一にそれを押しつけるように返そうとした。
ほんの一瞬だ、恐らく、純も紘一も気が付かなかっただろうが、理一は眉を寄せ、嫌悪感を露わにしたが、すぐににこにことした表情に戻った。
「これは、オレが純君にあげた物だけど?純君にはまだ、これが必要だと思うけど……。東風君はこれの中身確認した?」
理一がお守り袋を指さしながら言った。
純は二人を見ながら、あわあわとうろたえるばかりだ。
◆
純は所謂、不幸体質というやつで、何故か彼が通るところ照明器具が老朽化で落ちてきたり、エレベーターが事故で故障したり、居眠りの自動車に突っ込まれそうになったりと、命の危険を感じさせる事を含め大小さまざまな『不幸』に見舞われている。
純の体質は残念ながら先天性の物で、淀みともいえよう負の物を寄せてしまう。
今までは、何とか切り抜けてきたようだが、不幸が日に日にまずい物になってきてるのを見かねた理一が贈ったのがこのお守り袋だ。
中には赤い色をした輝石が一つ入っている。
この輝石、御仁(オニ)の血が凝固したものと言われており、御仁の末裔が管理している物で、負の物を払う力がある。
「御仁の当主の許可はもらっている石だから、純君のためにも持っておくべきだと思うよ。」
「力の無いクズ御仁のテメエが、当主の息子ってだけで、横流ししたもんだろうが!!」
激昂したように紘一に叫ばれるが、理一は依然にこにこしたままだ。
いかにも一匹狼な不良と言う見た目の紘一に怒鳴られてもにこにこしている理一。一種異常な状況なのにもかかわらず、理一がおかしいということに誰も気付けない。
「どういうルートだとしても、正規の許可が下りて純君が持っている物だよ。これ以上に今の純君を守れるものは無いよ。
まあ、他の男に貰ったものなんていやなのは充分分かるけど、ここは純君のためにもそれは純君に返してあげてよ。」
「……クソッ。」
他に純を守る手段が無いということは、紘一も分かっているようだ。
理一はほっとしながらも、胸の内をえぐる嫉妬の激流にのまれそうになる。
「どうしても嫌なら、それは普通の石と一緒だから、東風君がアクセサリーにでも仕立ててあげてプレゼントしたら?」
あくまでも、自分は材料を提供しただけというスタンスで理一は話す。
確か、紘一の知り合いに、アクセサリーのデザイナーが居て、彼が作成したアクセサリーを紘一は好んで着けていると純が言っていたはずだ、と理一はその時の事を思い出す。
紘一はまた、舌打ちをした後、純に「行くぞ。」と声をかけ二人で手を繋ぎながら、理一の前から去って行った。
石は、紘一が持ち帰ってくれた。
理一は自嘲するような笑いをもらした後、暫く立ちつしていた。
夕日が沈むころになってようやく理一は、寮の自室に帰るべく、自分も教室から出た。
◆
自分の内なる声を聞いてはいけない。理一は自分自身に言い聞かせるが、コントロールが効かない。
階段を降りようと手すりに手を掛けた瞬間
――ゴトリ
手すりが無残にも引きちぎれたようにとれた。
手すりは鉄製の土台であったにも関わらず、それはぐにゃりと曲がり、引きちぎられた部分はいびつに変形している。
それを見た、理一はくしゃりと顔をゆがめ、そのままずるずると座り込んだ。
◆
欲しい物は、奪えばいい。
その瞳が、他の者を見る事が無いよう閉じ込めればいい。
抱いて、犯して、自分だけのものにしてしまえばいい。
力ならある。
障害物は排除して、自分だけのものにしたい。
その人が誰を愛していたって構わない。どうせ、オレ以外見えないようにしてしまうんだ。
それが、恐怖でも、快楽でも、それですべて塗りつぶしてしまえば、結局他は見えない。
なあ、そうだろ?
理一は自分の本能的な内なる声を聞きながら、ひたすら、その暴力的な思考が落ち着くのを待っていた。