ネガイを叶えるには代償が必要だと言われた時は、思わず鼻で笑ってしまった。
運よく召喚に応じたその精霊は、高貴な精霊というイメージを覆す下卑た笑みを浮かべた。
それは、まるで人間のようだと思った。
髪の色や宝石の様な瞳の色こそ人間とは違ったが、姿かたちは人間に近かった。
人型をしている精霊の力は強い。何故俺の召喚に答えたのかは分からないが、力の弱い俺にとってはこの上ない幸運だった。
対価を求められ、精霊に具体的に何が欲しいのか尋ねる。返ってきた言葉に笑いはいよいよ声を上げるものになる。
「なんだ、そんなものでいいのか。」
精霊はぼくの言葉に目を細めた。
「君は男色家というやつかい?」
精霊の言葉はもっともであった。けれども、それは違っていた。
「男を好きになったことも、寝たことも無い。」
澱みなく話す俺に、精霊は眉をひそめた。それでは何故?と聞きたい様だった。
それはこちらのセリフだ。何故代償が俺との性行為なのか。特に魔力が強いわけでも見目麗しい訳でもない俺とすることに意味は見いだせなかった。
嫌がらせの一種のつもりだったのだろうか。
ぼくが乗らないと思って出した提案だったのかもしれない。けれどこちらから降りてやるつもりは無かった。
そもそも、俺ごときの召喚に応じた精霊の能力が高い可能性なんて無きに等しかったのだ。
このチャンスを逃して、何度やっても多分目の前の精霊以上の能力のものは目の前に立たないだろう。
精霊にささげられる宝石も、力も何も持っていない。
それが、ケツを掘られるだけで済ませてくれると向こうから申し出てくれたのだ。嫌悪感が無いと言われれば嘘になるが、対価としては安いと思った。
誰かにささげるつもりもない俺の尻の貞操と引き換えに、力を貸してもらえるなら安すぎる。
「俺の部屋、と言っても、庶民向けの糞汚ねえ寮部屋だけどそこでいいかい?」
俺が聞くと、精霊はぽかんとあっけにとられた後、頷いた。
交渉成立の瞬間だった。
◆
体がきしむ様に痛い。
直前まで行っていた行為を考えると当たり前だが、残念ながら起き上がれそうにない。
精霊は面白いものを見ている様にこちらを見下ろしていた。
虫がのたうち回っているのを楽し気に見ている子供ときっと変わらない気分なのだろう。
けれども、これで契約は成立だ。だますつもりでも、陥れるつもりでも、対価の分は働いてもらえる。
問題は、この対価の分を何に使うか、次の対価をどうするかだった。
最終目的は友人を戦地から救い出すことだ。
しかし、今払った対価では一戦交えてそれでお終い程度だろう。
魔術を習っていたのだ、それくらいのことは分かる。
それでは駄目なのだ。戦地に残されたのは足手まといの俺一人なんて、笑い話にもならない。
「しばらく、契約し続けることは可能ですか?」
俺が聞くと、精霊は心底おかしそうに笑った。
「それは、君がワタシの力をどう使うかによってかなあ。
雑魚相手に戦ってもつまらない。」
そう言われ、一つだけ思い浮かんだことがあった。
それは酷い賭けだったが、元々分は悪いのだ。仕方がない。
「決闘を申し込もうと思う。」
平民は貴族においそれと面会を求めることはできない。ただ、決闘であれば話は別だ。
俺の友人を身代わりにしたあの貴族のお坊ちゃんは、学園でも優秀者として名声が轟いている。
精霊の言う雑魚では無いだろうし、友人のことを伝えるチャンスでもある。
友人を戦地に送った父親に逆らえるのかは俺には分からないけれど、それでも、あいつが一人ここを離れた事実も知らないでのうのうと過ごしているのは許せなかった。
「そいつ強いのか?」
「人間としては強いと聞いている。」
「そうか。」
楽しみと言わんばかりの表情で精霊は答えた。
「対価は支払った。その分はよろしく頼む。」
俺が頭を下げると、精霊は先程とは違った笑みを浮かべた。