廊下の向こうから学食を目指して生徒会の役員、転校生が福島の方に向かっていた。
福島は昼食を済ませたところだった。
転校生の周りにはいつも生徒会をはじめとした華やかなメンバーがいた。
その中心で、ウキウキと話す少年は華奢で、顔は良く分からなかったが、守るべき存在であるというのが傍から見ても伝わってくる。
諏訪野はこちらには気が付いていないようだった。
彼の視線はずっと転校生の方に向かっていた。
転校生が何か言ったのだろう。面白そうに笑って、それから転校生の頭をそっと撫でた。
慌てたように、身を翻す転校生がバランスを崩して転倒しそうになった。
丁度、横を通りかかった福島が受け止めたのだが、諏訪野が福島を認識した瞬間、眉をよせ舌打ちが聞こえた。
ああ、また始まるのかというのが福島の素直な感想だった。
そして、居合わせたすべての人間の予想も、いつも通りの応酬が始まるのだろうということだった。
しかし、大方の予想は外れた。
諏訪野は溜息を一つ、まるで自分を落ち着かせるかのようにつくとすぐに転校生に声をかけた。
福島とは目も合わせず、声もかけなかったのだ。
福島は周りの空気がざわめくのを感じた。
福島など最初からいなかった、そんな態度を諏訪野はし続けた。
転校生が「支えてくれて、ありがとうございます。」そう声をかけられた以外何もなかった。
別に何もなかったというだけだ。
しっかりしろと何度も自分に言い聞かせたが、福島はうまく動くことができなかった。
生徒会役員が皆、学食に入っていって漸く、体が動き出した。
今気にしなければならないのは、諏訪野がいつものように何かを言ってこなかった事ではなく、転校生との件をどう処理すればいいかということだけだ。
諏訪野の態度を見ても、いつもの遊びの関係とは違うということが容易に分かった。
遊びなら、高校時代だけだったで済むのでもみ消すこともできる。
本気なら……。そこまで考えたところで、あの二人が付き合っているかさえも知らないことに気が付いた。
福島は、何も考えられなくなって教室へふらふらと向かう。
教室に戻って席につくと、そっとスポーツ飲料のペットボトルを差し出され、福島はそちらを見た。
自身の親衛隊の副隊長であるクラスメイトが困った様な笑みを浮かべ、立っていた。
こういう瞬間、ああ、見透かされているなと思う。
「ありがとう。」
教室で、何かを話す気にもならず、福島はそれだけ言うと、笑顔を浮かべた。それが、ただの“つもり”だったという事に直ぐに気が付いた。
「ご無理なさらずに。」
そう言われてしまいどうすることもできなかった。
◆
何が変わったと聞かれるとすれば、何も変わっていないと答える。
今までの生活と何も変わらない日々だった。
幸いと言っていいのか、無表情が基本の福島は周りからもいつもと変わらない様に思われていた。
ただ親衛隊には、時々声をかけられていた。
大きく違うのは、諏訪野と全く目が合わなくなった点だけだった。
そんな時だった。
転校生に話しかけられたのは。
放課後、教師に頼まれた雑用を済ますともう夕暮れだった。
福島が帰ろうとしていると偶然、そこに転校生がきたのだ。
「お前、つまんなそうな顔をしてるな。」
最初にかけられたのはそんな言葉だった。
「無表情なのは癖みたいなものだ気にしないでくれ。」
慣れている無表情への指摘だと思い、いつも通りに返す。
「ふーん。
でも、笑ってたほうが、絶対楽しいぜ。なあ、友達になろう。絶対に笑わせて見せるからさ。」
その言葉を聞いて、頭を殴られたような気分になった。