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この村は、災害に巻き込まれることが少ないだろう?
ほら、5年前、豪雨で隣の市で大騒ぎした時も、この村は何ともなかった。
山の麓にあって、川が村の中心を横断している。そういう場所にあっても、この村で災害等が起きることは極端に少ないか、起きたとしても被害は最小限だ。
勿論、植林をして山を守っているというのもある。あるんだが、そもそも川岸の脆弱な土地だ。本来ならあり得ない事だ。
お社様が守ってくださっているんだ。ほら、山の中腹にあるだろう。そう、あれだ。
この土地は何百年か前からお社様に守られている。非現実的と思うかも知れんがそれが事実だ。
当然、守ってくださっているから、村ではお社様をそれはそれは大切にしている。それは由高お前も知っている通りだ。
だが、お社様の力には限りがあり、代替わりをするらしい。50年に1度なんだが、新しいお社様、がこの地に来られる。新しいお社様が来られると、人間から嫁を一人差し出す決まりになっている。この村の外で住んだことのない十六夜家の未婚の者を選ぶことになっている。
ここまで言えば分かるかと思うが、今年がその年だ。
性別?お社様への嫁入りとは言え、性別は関係ないらしい、古い文献には男が嫁入りした記述も残っている。死ぬわけではないがまあ、体の良い生贄だ。くそっ。
由高も、駿も分かっていると思うが、十六夜家で村に残っているのはお前たち二人だけだ。
父のこんな、悔しいというのを前面に出した表情も、こんな現実離れした話も初めてだ。そんな、非現実的な話、無視してしまえばいいのではないか、それこそ村八分のような扱いを受ければ家族皆で出ていけばいい。俺はそう思ったし、そう家族に言った。
「俺も、そう思った。年明けには沙良と入籍だぞ。何を訳の分からないことを言っている。そう突っぱねたかった。……お前も、お社を見に行け。そうすれば分かる。」
兄は、険しい顔でそういった。
俺は皆で俺をからかっているのではないか、そう思いたかった。
あまりにも信じられず、すぐにでもお社を見に行きたいと思ったが、両親が危険だと強硬に反対するのであきらめた。
もし、いま父のした話が本当であるのならば、俺か兄がお社様のところに嫁入りしなければならない。
いや違う、実際選択肢は一つしかない、沙良さんのいる兄と、特定の相手のいない俺、どちらがいいかなんて火を見るより明らかだ。
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翌日早朝、俺はお社に向かって、父の言っていたことに嘘は一切ないことを悟る。
何だこれは、半分透けた人より大きい蛇がうじゃうじゃとお社にまとわりついて、まるで締めあげるようにしている。これが良くないものだということが本能的な部分で分かる。絶望的な恐れで声も出せず踵を返し、息を切らせながら家に帰る。
何だあれは……。
よくわからない状況ではあるが、『あれ』をこれ以上のさばらせてはいけないことだけは分かる。そしてこのまま放置しておけば『あれ』が村中に浸食していくことも。
そんな恐ろしい考えがなぜか間違っていないという確信が俺の中にあった。
ああ、昨日沙良さんが泣いていたのはこういうことか、きっと兄のことだ、高校生の俺を行かせるわけにはいかないと、自分が志願したのだろう。あの兄が、「世界中で沙良さんが一番大切だ。」そう恥ずかしげもなく言い切る人の覚悟を感じた。
だからこそ、俺が行くべきではないか、そう思った。