親交を深めてみますか9

あの後、ぽつぽつと自分の事を話すあいつに、「馬鹿」と相打ちをうちながらいつの間にか二人で茶の間で寝入ってしまった。
晩飯も食べずに二人で何やってんだかと朝起きてから苦笑が漏れた。

*********************

「で?」

登校一発目のセリフがそれかよと葛西の発言に眉を寄せる。

「あれ?恋心を自覚してハッピーエンドじゃないの?」

馬鹿な友人の馬鹿な発言に思わず、噴き出す。

「お、おま。何言ってんの?」
「もしかして今まで通りの通常運行系?」
「おかげさまで今まで通りでしたよ。」

厭味ったらしく返してやると、びっくりしてますという表情で葛西は絶句していた。

今日の朝になったら、あの馬鹿は昨日のしおらしさなんて嘘のように影をひそめて、いつも通りの変態全開で絡んできたので、俺も馬鹿らしくなっていつも通り怒鳴りつけた。
基本いつも通り。

いつも通り講義を受けて、いつも通り昼飯食べて、午後の講義もいつも通り受けた。

さて、帰ろうかという段になって、葛西に声をかけられた。

「なあ、帰りどっか寄ってかね?」
「どっかって?」
「あんまり話し聞かれたくないから個室系のとこ。」
「何、聞かれたく無い話って。」
「お前の事。」

ああ、朝の話かと思った。
もはや俺の問題だ、いや違うか、本来は俺とあの馬鹿の話なのだ。
だが、せっかく心配してくれている友人を無下に断るのもどうかと思ったので同行することにした。

*********************

葛西に連れて行かれたのは路地裏にある喫茶店だった。
ドアを開くとコーヒーのいい香りが漂った。

落ち着ける雰囲気の店内には客は一人もいない。

「しぃちゃん、ごめん。ちょっと店貸切にしてもらってもいい?」

店員と思われる30代くらいの男性が「いらっしゃい。」と言ったのを聞いた後、葛西は言った。
ちょっと待て明らかに迷惑だろ?と奴の腕を引いて止めようとした。

「あー、しぃちゃんってそこのおっさん何だけど俺のいとこなんだわ。
だから気にしなくっていいよ。」

あははーと能天気に笑って葛西は言った。
気にするに決まってんだろうが。

ただ、気にしていたのは俺だけだった様で、しぃちゃんとやらは店の外へ向かうと営業中の札をひっくり返して戻ってきた。

「二人ともコーヒーでいいか?」

しぃちゃんはすでにカップの準備を始めながら言ったので「はい」と頷いた。
端にあるテーブル席に向かい合って葛西と座ると、すぐにコーヒーが出てきた。

コーヒーを置くと、しぃちゃんと呼ばれた葛西のいとこは「奥にいるから」とその場を離れた。

店内には俺と葛西の二人きりになった。

「で、何で何の進展も無いの?」
「そもそも、何で進展がなきゃいけないんだよ。」
「は?!先輩への恋心自覚したんだろ?」

こいつ馬鹿なのか、そんな目で見られる。
舌打ちを一つした後に

「ああ、非常に残念なことに、一応自覚はしているけどそれが?
ひじょーに残念すぎるけどな。」

と返した。

「だから、何でそれで何も変化無しなのさ。」

何で?って何でだろう。

「多分、俺に覚悟が足りないんだよ。」
「覚悟って、尻掘られる?」

コーヒーが口に入って無くて良かった。
入っていたら間違い無く噴きこぼしていた。

「違うわ、ボケ。」
「じゃあ、何の覚悟だよ。」

ブラックのままのコーヒーを一気に流し込む。
それから一呼吸置いて口を開く。

「ずーっと、摺れ違って、理解し合えなくてもいいと思える覚悟。」
「ちょっと言ってる意味分かんない。」

多分、あの馬鹿の人間不信のようなものが完全になくなる事は無い。
そりゃあ支えていきたいなんて乙女のような考えももちろんあるし、出来る範囲でしたいと思うが、普通の生活しか送ってこなかった俺に何かできることなんて殆どありはしないし、あいつの事を救うなんて大それたことするのは不可能だ。そもそも、あいつはそんなこと一切望んでなんかいないだろう。

元々の性格なのか、人間不信がきっかけなのかなんて全く分からないけど、ねじ曲がって歪んでいるとしか思えないあの思考回路を理解するのなんて一生かかっても無理だ。

お互いに思いやって、支えあって愛し合う。っていう普通の恋愛をあの馬鹿とすること自体が恐らく不可能なのだ。

だから、もし俺があいつと共にいたいと願うのであればそういう物もひっくるめてあいつを認める覚悟が必要だと思う。
男同士という時点で普通の恋愛じゃない上にこれだ。

正直言ってそんな覚悟何ぞ出来てはいない。
俺があいつをかえてやるなんていうエゴイズムに浸る気もない。

「あの馬鹿は今まで恋愛したことも無いし、これからも恋愛なんぞするつもりは無いんだと。」

卑屈に言うつもりは無かったのだが、恨みごとのようになってしまった。

「駆け引き的な感じじゃないんだよな?」
「違うだろうな。」

恐らく違う。
本気で誰とも、もちろん俺とも恋愛するつもりは無いんだろう。
俺が自嘲気味に笑うと、葛西はテーブルの上に置いていた手を硬く握りしめて

「悪かった。」

と言った。