親交を深めてみますか8

そっと触れるようにこいつの唇に自分自身のそれを押しつける。
一旦離して、もう一度食むように唇に触れた。

されるがままのこいつを見て、もう何回もキスをしたのにそれには何も、何の意味も無いのかと思った。

「なあ、お前は今まで何で俺にキスなんかしたんだよ。」

目の前に座るこいつに聞く。その時つい奴の袖を掴んでしまったのは不可抗力だ。

「聞きたいことの意図がよくわかりませんが、強いて言うなら“したかった”からですかね?」

心底不思議そうに言うこいつをみて、そもそも恋愛感情がなんだかすら分かって無いのかも知れないと思う。
同時に、どんな生活をしていればこんな思考になるのか哀れに思う気持ちも湧く。
そして、こいつの事を知りたい、そう強く思ってしまった。

「なあ、お前の事聞いてもいいか?」

なんだかんだで、他人に自分の領域に踏み込ませないところがある奴だという事は短い付き合いの中だが分かっていた。
嫌な顔をされるかと思ったが、奴の顔は間抜けなほどぽかーんとしたものだった。

「僕の事ですか?聞いて楽しい話なんて何一つありませんよ。
それに僕の事を知って何になるというのですか?」

ぽかーんとした間抜け面をもう少し拝んでいたかったが、奴の表情はすぐに戻った。

「何になるかなんて知るかよ。
お前だって何にもならないのに俺にキスしてくるだろうが。
強いて言うならただ知りたいだけだ。」

やけくその様に吐き捨てた。
しばらくの間、睨みあう様な形になった。

はあ、と一つため息をついた後、向こうが折れた。

「何を聞きたいんですか?」
「あー、じゃあ、まず何で家無しなんだ?」
「家まで、製薬会社の人間が押し掛けてきて、とてもじゃないけど居られなかったんですよ。
終いには、非合法な団体の方々にも目を付けられるようになりました。
ホテル暮らしをしていた時期もありましたが、ホテルにまで押し掛けられるようになって、知人の家か大学で寝泊まりしていました。」
「その筋の人間なら、何をしてでも欲しがる研究をしてるってことだ。」
「そうなのでしょうか?
正直自分でもよくわからないのですよ。
頭に知識を詰め込むのが好きなだけなので……。
最近では既存の知識はおおむね入ってしまったので新しい情報を探している感じですね。」

非合法ってあれだろ?恐らく、検死で発見されない薬物だとか、合成麻薬だとかを扱いたい人達の事だ。怖ええよ。マジで恐ろしい事になってるな。
それに、事もなげに言ってのけるが、既存の知識はすでに全て頭にあるってことだろ?それってかなりすごいことではないだろうか?

「所謂、天才って奴か?」
「天才って言う言葉は嫌いですね。」

まるで、天才という言葉が呪いであるかのように言う。
初めて、こいつの核心に触れられるのではないかという予感がした。

「何故?」
「何故って?」

案の定はぐらかそうとするこいつに、ここは絶対に引けないと思った。
ただただ、知らなくてはならない、その気持ちだけだった。

「何で天才って言われるの嫌がっているんだ?」
「それは……。」

俯き、言葉に詰まった様子の奴の事を根気良く待つ。

「両親だった人達に、言われたんですよ。
『俺達は普通の子供と普通の幸せが欲しかった』って。」

本人的には普通に言っているつもりなんだろうが、完全に失敗している。
切なそうに笑った笑顔が痛々しい。

思わず、ギュッと奴の事を抱きしめた。
一瞬、ハッと息を詰める音が間近から聞こえた。

「どうしたんですか?」

耳元から奴の声がする。

「ばーか。本当にお前は馬鹿で変態でどうしようもないな。」

ポツリポツリと呟くように俺が言うと、返事の代わりなのか何なのか知らないが俺の耳を舐めた。
いや、舐めたなんてもんじゃない。耳の穴の中に舌を入れて舐めとりやがった。

「んっ!!」

思わず変な声がでた。クソ、何してんだよ。
文句を言おうと口を開こうとするが、まるで甘噛みのようにみみを食まれ、今口を開くと間違いなく変な声が出そうで、唇をかみしめた。

これも、何の感情も無くやってるとでも言うのか?
大学で聞いたこいつの話というか噂から察するに恐らく恋愛感情何ぞ無くともイタしてしまえる人間なのだろうとは思う。
それが、恐らく両親の事を発端としている人間不信から来ているという事もなんとなくだが察しがつく。
だが、人間不信なこいつが、わざわざ、シンパのような人間達を周りに侍らせるもんなのか?

俺が考え込んでいると、少し強めにガブリと噛まれた。
頼むから現実逃避位させてくれ。

強く噛んで納得したのか奴の口が俺の耳から離れた。

「なあ、恋愛するつもりもないのになんで大学の女の子に手出すんだ?」

さっきまでのあれで顔が火照っている気がするが気にしない。気にしたら負けだ。

「寄ってくるのを一々追い払っていても面倒じゃないですか?」

普通にお断りしとけばいいだろ?と思うのはフツメンの僻みだろうか。
あんな、カフェテリアの一番良い席に陣取って周りに何人もの人間が居て。
それでも、結局のところ奴の中では奴は一人のままだ。
それを疑問にも思わないし、周りにいる人間なんぞ恐らく虫けらかなんかだと思ってるんだろう。
俺も虫の一人と思っているのかもしれないが。
駄目だ、こいつの思考回路が全く理解できない。

非常に残念な事に俺の趣味は悪いみたいだ。