※リク企画分
それは、おそらく理一にとって生まれてはじめての経験だった。
「おい、リーチお前顔色悪いぞ。」
クラスメイトのに言われた言葉を理一には理解できなかった。
だって、ありえないのだ。
理一は幼い頃より風邪ひとつ引いたことが無かった。
記録に残る先代以前の九十九達も病気を患ったようなことは書いていなかったのでおそらく人の病気にはかからないのであろうと父に言われたこともあり、理一はそれで納得していた。
たとえ骨折しても翌日には綺麗さっぱり治っているのだ。
咳をして粘膜が傷ついてもおそらく数秒で直ってしまうだろう。
だから、顔色が悪いことなど出血多量の直後位なものだろうし、体調不良など起こしたことは無いはずだった。
「大丈夫、大丈ぶ……。」
最後のぶの発音はきちんと出来たか理一には分からなかった。
突然天地がぐにゃりと歪んで目の前がぼやけた。
ああ、なんか分からないけどまずいなと思ったときにはもう意識は無かった。
◆
理一が目を覚ますと、そこは見慣れた自室のベッドの上だった。
視界の端にいるはずの無い人の影を見つけて思わずそちらを見た。
「ああ、起きたのか。」
ダイニングスペースに置いてあった筈の椅子に座った一総が、理一が起きたことに気が付き声をかけた。
「……なんであんたがここにいるんすか?」
理一の疑問に一総は少しだけ困ったような笑顔を浮かべた。
「木戸、倒れたのは覚えているか?」
一総にたずねられ、理一は頷いた。
「すぐに、お前の親戚、木戸雷也が来て実家に連絡していたから。
生徒会役員として立ち会ったんだが……。」
いつに無く、歯切れが悪い一総の様子になんだろうと理一は不思議に思う。
「それで?」
実家の人間がいないこと、それからまだ自分が学園にいる事から、自分自身のことは大事には至らなかったのだろうと判断した。
「とりあえず保健室に運んだんだが、……離してくれなかったんだ。」
わざわざ視線を逸らして、一総が見た先を見ると、一総の袖をつかんで離さない自分の手が目に入った。
慌てて手を離す。
「あんた、それで保健室からここまで?」
「まあ、な。」
抱き上げるのに苦労しなかったのだろうか?
申し訳なかったことをしたと思う。
「その熱、木戸の家で成人近くにかかる風邪みたいなもんらしいから、数日で熱が下がるらしいぞ。」
ゆっくり休めよ。
そういうと、一総は椅子から立ち上がった。
半ば無意識だったと思う。
理一は、今度は一総の制服の裾をつかむ。
「あ、いや、その。」
何故つかんでしまったのか、自分自身でも意味が分からず、全く言葉にならない声を出す理一を見て一総は微笑んだ。
「梅がゆと卵がゆどっちがいい?」
何を言われているのか良く分からなかった。
そもそも両方食べたことが無い。
「すっぱいのは平気か?」
「少し苦手っす。」
「じゃあ、卵がゆだな。」
なぜそういう話をしているのかが理一には理解できなかった。
「今日一日付いていてやるから。熱出たときは誰でも寂しくなるもんだからな。」
言われて、初めて人恋しくなっている事実を突きつけられ理一は叫びだしたかった。
けれども体はだるいし、暖かい気がするし、もぞもぞと頭から布団にもぐりこんだ。
布団の外から密かに笑う音が聞こえた。
「氷枕はいるか?」
「欲しいっす。」
「後で、子守唄歌ってやるな。」
「それはいりません。」
とんとん、と2回やさしく布団をたたいた後、一総が部屋を出て行くのを気配で感じた。
御仁はたしかに成人近くに熱を出す筈だ。
だが、九十九に関してはそのような事実を理一は知らなかった。
本来であればすぐにでも実家に連絡をして、というところだろうが今はただ、ここで甘やかされていたいと熱でぼうっとした頭で理一は思った。
理一の期待通りなのかなんなのかは分からないが、一総はかいがいしく理一の世話をした。
物心が付いてからは母にもやってもらったことの無いあーんをさせられそうになったときにはさすがに丁重にお断りしたものの、初めて食べる卵がゆはおいしかった。
どこから持ってきたのか理一のベッドの隣に布団を敷いて寝る準備をした一総は、理一の頭に乗せた濡れタオルを絞り直した。
良くてセフレとしか呼べない関係の人間が、いやらしいことを何もせず二人ですごすのは不思議な気分だと理一は思った。
けれどそれ以上何かを考えることは夜になって熱が上がってきた頭では出来なかった。
「ペットボトル、ベッドサイドにおいてあるからな。
お休み。」
頭を撫でられた手がいつもセックス中に撫でられた手よりずっと冷たいことに気が付く。
それが気持ちよくて、理一は思わず頬をを擦り付けた。
一総はそっとほほをひと撫でするともういちど「おやすみ」と言ってから部屋の電気を消した。
ひとの気配がこんなにも安心するものなのかと思いながら理一は眠りに落ちた。
了
リクお題:一総×理一、受けの体調不良で看病